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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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▼ ロー

「よお。お前の右腕、返しに来てやったぜ」


十年ぶりに会う幼馴染の言動は相変わらず不遜そのものだった。

「……ロー…?」

未だに、目の前にそいつがいることが信じられずにいる俺に向かって投げて寄越された皮袋の中には、切断面が全く綺麗なままの人間の腕。
俺の、みぎうで。


「……お、 おおおおま、お前、なん、今さら、おま、」
「落ち着け。何言ってんのか分かんねーよ」
「どっ、 どう言うつもりだローてめぇー!」



――幼馴染だった男は海賊になって、もう故郷には帰らないと言った。
ふざけんな、お前は医者になるんじゃなかったのか、と俺が詰め寄っても考えを改めなかった馬鹿な男は、あろうことか俺にも一緒に海賊をやらないかと誘ったのだ。誰が、犯罪者になんて好き好んでなるわけない。強く拒絶を示した俺に、幼馴染は何を思ったのか「じゃあ、お前の身体の一部だけでいい」と言った。悪魔の実を食べた能力者の力により、瞬く間に右腕を 痛みもないままに切り取られ、「これをナマエの代わりと思って大切にするぜ」なんて言って立ち去って行く幼馴染のことを俺は半ば呆然と見送り、冷静な脳の一部は「利き腕を持ってかれた」と呟いていた。

訳が分からないだろう。ああ俺も分からない。
昔から何を考えているのか分からない物好きなお坊ちゃまだったローだが、あの日の言動こそ今もって不可解極まりない。
言葉通り、さぞかし大切に仕舞われていたのであろう俺の右腕は切られた断面に近づけると違和感無くくっついて元通りになったが、俺とローの関係はこんな簡単に行きっこないのだ。俺はローを許していないんだから。


「今さらノコノコとどうして俺の前に帰って来たんだよ!!」
「七武海になって少し航海の余裕が出来たんでな。ついでに」
「そう!それもだ! お前なに七武海とかになっちゃってるんだよ!七武海ってあれだろ、超極悪な海賊がなる奴だろ!」
「言ってなかったが、俺は一時期ドンキホーテ・ドフラミンゴの傘下にいたこともある」
「はぁああ!?」


俺の与り知らないところでこの幼馴染は随分と危険なことをしでかしていたらしい。よく俺の右腕が無事に無傷でいられたもんだと感心してしまった自分が嫌いだ。ちょっとローのことを心配していたこともあって、余計に胸中で苛まれる羽目になった。

足の先まで覆ってしまいそうなぐらい長い黒のロングコートに身を包み、これまた身の丈ほどありそうな刀を持って、不敵に笑う顔はちっとも変わってはいないわけだが。
そもそもこいつは、どうしてそんな楽しそうにしているのか。
ニヤニヤと俺を見る目が、また何か"良からぬこと"を考えていそうで恐ろしい。


「当たりだ、ナマエ」
「勝手に人の心を読み取んな!」
「右腕は返してやったから、今度は本体をよこせ」
「こ、と、わ、る…! 海賊になんて誰がなるか!俺はもうこの街で立派な医者として生活やってんだよ!」
「…医者になったのか?お前がなりたがっていたのは獣医じゃ、」
「どっかの誰かさんが医者にならなかったからこの街に医者がいなくなっちまったんだろ…!」
「……へぇ。よく隻腕で医者の仕事をこなせれたな。凄いじゃねぇかナマエ」
「…お前には褒められたくねぇ」


それは悪かったな。
こんなに心の篭っていない謝罪を聞くのも久しぶりだ。別に謝って欲しいわけじゃあない。どちらにしろ今の俺は医者である自分も誇りに思っているわけだし、もうそこにローの面影なんぞ微塵も感じられないのだから。

そう伝えると、ローは僅かに顔を俯かせて「…そうか、今回もお前は海賊になるのは嫌だってか」と言った。
ああ嫌だね。今回どころか次回だってその次だって俺は海賊なんてものにはなりはしない。

それがたとえ、トラファルガー・ローの頼みだったとしても、それだけは。


「…なら、また一緒に来てもらうぜ"右腕"」
「な…っ、!?」


あ、と思った時にはもうROOMの中にいた。

振り上げられた長刀が俺の右ひじから先を奪い取って行く。俺の右手は吸い寄せられるようにローの手中に収まり、相変わらず俺本体には何の痛みもない。ほんとうに、性質が悪い。何で俺の腕はそんなに従順なんだよ、ロー相手に。


「やめろ!返せ、俺の腕!」
「嫌だ。左腕だけの生活にも慣れたお前に不都合なんてあるのか?」
「お陰様で慣れたもんだけどな!どうして持ち主である俺よりお前の方が長く俺の腕と一緒にいることになんだよ!おかしいだろが!」
「仕方ねぇだろ。本体が来たくないって言ってんだから」

俺の腕をお手玉するな! と叫んだところで、俺の右腕を眺めながら何やら恍惚とした表情を浮かべているローに俺はある恐ろしい疑問を思いついた。


「…お前さ、俺の腕を 普段どう扱ってたんだ?」


暗所にて保管? 船の金庫の中で保存? 願わくばそうであってほしい。
なのに



「……さあ? なんだろうな?」


あんまりにもアヤシイ顔で笑うので。


「…っ!ざ、けんなテメェー!!」


ローの青年期を共に過ごした俺の右腕に対して、
俺は最早それを別の存在だと認知し、限りない同情を捧げるしかなかった。
涙も出てきた。


嫌い


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