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▼ ジャンバール

*天竜人幼女主/悲恋





「どうしてあなたはマスクをつけないの?」

「…必要ないからですよ、お嬢様」

「どうして必要ないと思うの?あなたはお外の空気を吸っても平気なの?」

「何の害も存在してないんですよ、お嬢様」

「…ふうん」


おかしなこと言うのね、ジャンバール


それっきり、ナマエは会話するのに飽きたようで兄姉が買い与えてくれた人形と共に戯れていた。綺麗な洋服を着せられている人形はナマエと同じ容姿をしている。大陸の中でも、特に腕の良い職人に作らせたオーダーメイドの人形だ。

ジャンバールは趣味が悪い、と胸中で吐き棄てる。頭を少しでも動かすと、首に掛かっている鎖が耳障りな音を立てるので、極力身動きは取らないようにした。
現在、彼の主人は買い物に出かけている。人間を買いに行っているのだ。
お気に入りの人間屋らしく本人自ら足を運んで出向き、自らの目で品定めをしている。ジャンバールは大人しくしていた。奴隷が少しでも身じろぎをすれば、周りを取り囲んでいる護衛の男たちがジャンバールに向けて銃を発砲する。いつも理不尽な理由で他の奴隷たちが殺されているが、今日は幾分マシだった。チャルロス聖と、シャルリア宮の妹のナマエがいるからだ。


正式な洗礼名はまだ譲られていない幼子だが、彼女もまた立派な"天竜人"である。まだ自身ら天竜人と、下々民との分別も付いていないが日々兄姉たちから教えを受けているらしく、先述のような疑問を近くにいる者達に投げかけるのだ。――どうしてあなたたちは、マスクをしていないの?と


「ねえジャンバール お兄さまたちはいつ御戻りになられるか知ってる?」

「…申し訳ありません。存じません」

「そう」


たくさんの奴隷の中でも、ナマエはジャンバールが気に入っているらしい。大きな体躯の持ち主であることが、余程珍しいようだ。腕に人形を抱えたまま、ジャンバールの大きな背中に飛びつき、護衛の男たちに冷や汗を掻かせている。ジャンバールも同様だ。今このタイミングで他の兄姉たちが戻って来てしまえば、この事態に顔を真っ赤にさせて怒るのだ。分別のまだつかない妹を誑かすな、と言って理不尽に銃を撃って来るだろう。


「…お嬢様、危ないので降りて頂けると有り難いです」

「? どうしてあなたの背中は危ないの?」

「落ちると、お嬢様が怪我をされてしまうでしょう」

「けが? ねぇ、"けが"ってなあに?」


生まれてからまだ一度も体に傷を負ったことがない少女は、純真無垢な瞳で問いかける。

ジャンバールには、"怪我"と言う事象を説明してやれる程の知恵はなかった








チャルロス聖の気まぐれで足を運んだオークション会場で、ジャンバールは地獄に仏と出会った。自らの体を拘束していた首輪を外して見せたトラファルガー・ローは、「おれと来るか」と問いかけて来る。是非もない。ジャンバールはすぐに頷いた。煤汚れた白装束とも、締め付ける首輪からの解放も、抑圧されていた支配からも、その全てとおさらば出来ることがこれほど嬉しいこととは想像もしていなかった。
オークション会場は騒がしさを増す。取り囲む海兵の数も、集まってきた海賊の数も増し、撤退命令を出したトラファルガー・ローと彼の船員である者達の後に続こうと、ジャンバールも巨体を翻そうと一歩踏み出した。

しかし、くい、とジャンバールの服の裾を掴んだ何かに阻まれる。



「……ジャンバール、どこにいくの?」

「…!」


ナマエだった。大勢の大人たちに誤って踏み潰されてしまいかねない程小さなナマエが、ジャンバールの足元に立っていたのだ。

トラファルガー・ローは「…知り合いか?」と惚けながら訊ねた。知り合いである筈がないと分かっていた。ナマエはマスクを付けていたからだ。誰が見たって天竜人 たとえ小さく幼い少女であろうと、トラファルガー・ローも嫌悪する天竜人であることに違いはなかった



「ねえジャンバール どこにいくの?おそばにいてよ」


問いかけて来るナマエの存在はあまりにも小さい。トラファルガー・ローが急かす。「急げジャンバール!!」その通りだ。急がなくてはならない。此処もじきに海軍に囲まれる。


「…すまないな、ナマエ」


もう彼女達の下で隷属される身分ではなくなった。なので最初で最後と、名前で呼んだ。
ナマエはジャンバールの険しい表情から、何かを悟ったようだ。「…ジャンバール?」と心細げな声を出した。
その声に後ろ髪を引かれることは、なかった。彼女は奴隷たちに対して手酷い仕打ちは与えなかったが、仕方が無いのだ。彼女は、"天竜人"だから


「……」

「あっ…」






小さな手を振り切って走り出す。

新しい仲間となったハートの海賊団の面々と、その背中を追うすがら、
一回だけ、一瞬だけ、と背後を振り返ってみた。


「…!」



そこにはまだ、人形を抱きしめて此方を見ていたナマエの姿があった





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