▼ たしぎ
*海兵主/片思い
「これ、スモーカーさんとこの曹長さんの眼鏡じゃないですか?」
「ああ?………アイツの眼鏡なんざいちいち覚えてねえよ」
「そうですか。そうかと思ったんですが」
「本人に訊けばいいじゃねぇか」
「その本人が、見つかりません」
「どっかの廊下ですっ転んでるだろ。おれは忙しいからテメェで見つけろ」
「はいーお疲れさまでーす」
さてどうしたものか
スモーカー大佐に書類を届ける途中で見つけた眼鏡がたしぎさんの物によく似ていたから持ってきたけれど、まさかこんな捜し回るハメになるとは思わなかった。一応、忙しい身なのだが
「どこかの廊下と言われても…………あ」
いらっしゃった。給湯室前の廊下で倒れていらっしゃる
「たしぎさん」駆け寄ってうつ伏せになっていた身体を抱き起こす。「うぅ…」と声が漏れたので、意識はあるみたい
「たしぎさん、たしぎさん。起きてください」
「…う………あ、あれ……?ナマエ…さん?」
「はい、ナマエです。分かりますか?」
「は、はいぃ……」
赤くなっているおでこに手をやり、ナマエの手を借りてたしぎはヨロヨロと立ち上がった
彼女がどうして倒れていたのか、大体理由は分かる
「たしぎさん、眼鏡が無くて不便でしたでしょう」
「そ、そうなんです……どこかで落としちゃったみたいで……」
「たしぎさん、そっちはオレじゃなくてタペストリーです。眼鏡、拾っておきましたよ」
「!本当ですか!」
「はいどうぞ」
「わああありがとうございました!助かります!それに、助け起こしてくれたこともありがとうございます!」
「いえ、大丈夫ですよ」
(ほんのり涙目で笑うたしぎさん、魅力的ですねえ)
感謝し続けるたしぎに制止の手を翳した。あまり時間を取っていられないのだ。眼鏡を届けることが出来たから、すぐに戻って仕事に戻らなければ
「良かったです。ではオレはこれで」
「ま、待ってください!何かお礼をさせてください」
「いや、そんな必要ないですよ」
「いいえっ駄目です!受けた恩はちゃんときっちり返さないと気が済まないです!」
「…そうですか」
そんな気はしていたのだ。彼女はとても義理堅い女性で、きっとそんな感じの言葉を言ってくるだろうと
それを思った時に、小さく頭を過ぎったことが1つある
しかしそれを口にするのは憚られた
「………では、」
「はい!何でも仰ってください!」
――キス、して頂けますか
…なーんちゃってね
「……今度、美味しいコーヒーを淹れて持ってきてください」
「そ、そんな事で良いんですか?」
「お礼される側が言ってるんだからこれで良いのです」
「わかりました!とびっきり美味しいの淹れて持っていきます!」
「期待してます」
誰にも染められることのない彼女の方が、綺麗で好ましい
彼女の真っ白な直向さを、自分が汚してしまうわけにはいかないのだ
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