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▼ ギン

*元:仲間






「俺は、もっと自由に海と風を感じていたい男ですから」



恐れ多くも自身の船長であるドン・クリークにそう言ってのけたナマエのあの大胆不敵な自信の根拠は、"偉大なる航路"に入った後だから分かる。ナマエは能力者だったのだ。
クリークに殴られても死なない、毒ガスを吸い込んでもピンピンしている。ただ唯一海へ入ることだけは嫌がっていたのは、何とも分かりやすい能力者"らしさ"ではないか。

ナマエは船の狙撃手をしていただけだったから、あいつ一人が船を抜けても特に問題はなかった。
怒りで肩を震わせながらも、「…何処へなりと行ってしまえ!」と叫んだクリークの頭でも、それは理解していたのだろう。だから下船を許可した。あっさりと、だ。
確かあいつが口にしていた下船の理由は、何だっただろうか。
「沈没するのが分かってる船にいつまでも乗ってはいたくない」って言っていたのは覚えている。その時は笑い飛ばしたものだ。ドン・クリークの船だぞ? あの時は無敵艦隊とも呼ばれていた船を泥舟だとあいつは言ったんだ。

バカにしているのか、と怒りはしなかったが、この船を降りてナマエはどうするんだろうとは思った。



「ギンも一緒に来ないか?」

「バカ言え 誰が」

「そうか、来ないか」



"それは残念だ" 本当に残念そうな表情をしていたから、ほんの少しばかり後ろ髪を引かれた。ドン・クリークの船を降りて、ナマエと一緒に行けば、一体どんな出来事が待っていたのかと思うと、今のこの状況と重ねて考えれば嗤ってしまう。"たられば"を考えあぐねるのは嫌いだが






「うぅ……」
「水……」
「にく、くれぇ…にく……」


「……」



確実に定員をオーバーしていた丸太のいかだは1日前に大破した。
何人かの仲間は波に攫われ流されてしまい、今は残ったいかだのスペースに蹲るようにしているクルー達の暗い顔と、未だ意識を取り戻さないクリークが横たわっているだけ。

バラティエを出てからと言うもの、まともな食事を口にしていない。
海水を飲むことは出来ないし、釣竿もないし元気もないから魚を獲ることもない。上陸出来るような島も見当たらないし、このまま行けばいずれ海獣の縄張りにでも迷い込んで全滅が関の山だ。


「……」


かく言うおれも、もうそろそろ死にそうだ。
体に回った毒の治療を満足にしないまま2日生き延びている今が奇跡に近い。渡された解毒薬や薬品も底を尽きていた。

目の焦点が合わなくなって来た。呻き声を上げる仲間たちの声もろくすっぽ聞こえないし、毒がおれの体を回りに回って各器官をどんどん駄目にして行っているのが手に取るように分かる。

此処で終わりだ 終わるんだ自分は

そう思うと心はとても凪いだような気分になった。満身創痍な状態であるおれに「ギンさん、たすけてください」と手を伸ばして来るクルー達の存在も、なんだかどうでもよく思えてきた。 これはいよいよもって終わりなんだろう



「……ナマエ……」


口にしてみると、久しぶりの感覚が舞い戻って来てむず痒い。
恋を患った乙女のようだ。 自分に嘘を吐かず、懸想していたあの野郎に付いて行っていれば、おれはもう少しマトモな死に方をしていたかも知れない。

きっとナマエが聞けば腹を抱え笑い飛ばすだろう。
"船長の放った毒ガス吸い込んで死んだ? わはは!ギン!だから言っただろ!"
…ああ、想像に容易い光景だな。ナマエには、クリーク海賊団の終わりが見えていた。そう言う結論で間違ってない筈だ。

嗚呼、毒が回って行く、もう正常じゃいられない


――…あのなナマエ おれだって、

「出来ればこんな結末は、嫌だったよ」






































だから言っただろ、ギン


崩れて見るも無惨な形になったいかだの上 白衣を着た男が板の上に倒れこんでいたギンを見て笑っていた

夢でも見ているんだろうか、 霞む目に喝を入れるようにして、ギンはその男の顔を見ようとする。が、上手く行かない

その懐かしい顔がすぐ近くにやって来て、使い物にならなくなりつつあるギンの耳に言葉を落とすようにして囁いた


「助けてやるから、俺と一緒に来ないか?ギン」


ギンは頷いた。 必死に頷いた。 頷いているつもりだ。もう頭を動かせているのかどうかも自信がない。
しかし男には伝わったらしい。ニンマリと笑い、血の気を失ったギンの唇に噛み付いた。

「ギン 俺な、本当は狙撃手じゃなくて船医の方が得意なんだ」

――すぐに お前の体を蝕んでる毒を全部取り出してやるからな


抱きかかえられたギンの体は、驚く程に軽かった。
これは大変だ! 慌てて自身が乗って来ていた船へと戻る。
帰って来た男の姿と、その腕に抱かれているギンの存在を目にした他のクルー達はすぐに「船室を一室空けてやれー!」と号令をかけた。
やがて慌しくなった船内のまま、船は波に跡を残しながら進み出す。




後に残るは 今にも沈んでしまいそうな丸太の船と、その上で倒れている男たちと、目を閉じたドン・クリークの姿
















@全部を救ってやるほど善良ではないメディメディの実(どんな怪我や病気も治せる能力)を食べた医者人間と、そんな悪魔医師に好かれていたのが功を奏した幸運な人間のギン



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