とうらぶ | ナノ
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大典太光世


「何だ」

「………」

「何か用件があるのなら手短に言え。主を起こしてしまうやもしれんから、小声でな」

「……別に、用など……」

「そうか。ならお前ももう部屋に戻れ。主のお休みを邪魔すれば許さんぞ」


まるで猫の子を追い払うように手を振ってから、へし切長谷部は大典太光世を追い返し自分は反対方向の廊下を渡り、曲がり角の向こう側に消えて行った。あっちの方角は炊事場だ。桶を手に持っていたし、おそらく熱で寝込んでいる主のために水を取り替えに行くのだろう。

「………」



今朝の朝餉のとき、主である審神者は食卓の席に姿を見せなかった。
近侍を任されていた大倶利伽羅が言葉少なに皆に伝えたのは「風邪」とのことだ。


それから刀たちは一様に大慌てだ。
主の身を心配した刀たちは一目散に部屋を出て様子を見に行った。
料理の出来る刀たちは揃って病人食をこしらえに行った。
何振りかの刀たちは共用の財布を持って買出しに行った。薬膳酒と薬を買うらしい。

この本丸に来てまだ日も浅いソハヤノツルキでさえ、石切丸や太郎太刀らが病魔退散の祈祷をすると言って退室したそれに付いて行っていた。


ただ一人、大典太光世だけが立ち呆けている。


最初は廊下に立っていた。いつの間にか外には出ていたらしい。
それからの記憶が曖昧だが、ふらりと足を運んだのは審神者の自室の前だった。

襖を開こうか迷っていると、中からへし切長谷部が出てきた。怪訝そうな表情の後、先ほどのやりとりだ。
眠っているというのは本当らしい。部屋の中からはかすかにだが人間の寝息が聞こえてくる。
聴き慣れた音だ。
病人がする息遣い。鼻から抜けず、口の中で篭るような息苦しさ。


「………」


―――主が望むのならば この大典太光世を好きに使えばいい


自分が病気を患った人間にしてやれたことなど、それしかなかった。
人のような体を受けたからと言って他の刀たちのように気の利いたことなどしてやれそうもない。

ただ、我が身を隣に置けばいい。そうすれば、たちどころに 主に纏わりつく病魔を祓ってみせるのに。


襖に手をかけようとしたところで、まるで機でも窺っていたかのようなタイミングで中から声がした。



「―――光世、そこにいるのか?」


ガラガラになった声が名前を呼んだ。少し躊躇したが、主に応えないわけにもいかず、無言で襖を開いて顔を見せると 引かれた布団の上で横になっている審神者が顔を横に向けていた。


「 ああ、やっぱり光世か。お前は纏う霊力が独特だから襖越しでも分かりやすいな」

「………何の用だ」

「それはこっちの台詞だ。何か用があって俺の部屋の前にいたんではないのか?」

審神者が身を起こそうとしたのでついギロッと睨みつけると、「そんなに睨むなよ」と笑われた。

「………別に。主が病気になったと聞いたんでな。俺が入用かと思って来たまでだ」

「病気だなんて大袈裟な。ただの夏風邪だよ」

「病魔が取り付いていることに変わりはない。 さあ、好きなだけ俺を使えばいい。俺の本体を枕元に置け。そうすればお前の病気など……」

「なるほど。そんなに俺と一緒に眠りたいのか光世は」


「……誰がそんなことを言った」
「あれ、違うのか?」
「……話を聞け。俺を使えば病魔を取り除いてやると言っている」


それが俺の役目だ。大典太光世はハッキリとそう伝えた。何かしてやれるとしたらそれぐらいだ、と。

横になっていた審神者は「うーん…」と声を上げ、自分の喉を擦り、額に手を当てると


「俺は大丈夫だぞ」


「………?」
「だから、光世がどうこうしてくれなくとも、これくらいの風邪なら明日には治ってるって」
「…しかし…」
「清光とか安定とか他の奴らが大袈裟なだけなんだ。あ、心配は嬉しいことでもあるんだけどな? だから、そんな"この世の終わりじゃ……"、"俺は一生蔵生活なんだ…"みたいな顔しないで、外でソハヤや前田と一緒にパーッと遊びに行って来いって」
「は?」
「あ、なんならそこの襖開けといて、俺がお前らの遊び風景を見守っててやってもいいぞ?」


自分で提案したそれに審神者は「ああ、それいいな!」と声を上げたかと思うと、呆然としていた大典太の背中を押しながら廊下に出て、「おーい前田!いないかー?」と大きな声を出した。ガラついた声が本丸中に響き渡る。
程なくして参上した前田藤四郎は驚いたように「どうして大典太さんが?」と訊ねた。


「前田、大典太のことよろしく頼んでいいか?」
「え?」
「お、おい」
「こいつ、自分の方が死にそうな顔して部屋に来るんだ。おちおち横にもなれない」
「は、はあ」
「俺は本当に大した風邪じゃないから、皆に気兼ねせずに過ごしてくれって伝えてきてくれないか? お前たちの楽しそうな声を聴いてるほうがよっぽど滋養強壮があるし」


審神者の言葉を受け止めた前田藤四郎はパァっと顔を輝かせ、「はい!主君の言う様に!」と言って、未だ硬直したままの大典太の手を引いて「行きましょう、大典太さん」と促した。


「い、いや俺は……」
「今朝に咲いた綺麗な花があるのです。それを見に行きましょう」
「お、いいな。藤四郎兄弟たちが春に植えてた種のやつか?」
「はい。主君もお体が治れば、ご覧になってくださいね」
「そうだな」
「……主!」
「? なんだ、光世」

「"俺"は、必要ないのか?」


大きな体をしながら、似つかわしいほど小さくか細い声がそれだけを紡いだ。
陰鬱そうに伸びている前髪の隙間から覗いている二つの眼が不安そうに揺れている。
「はは」
しかし、審神者は笑い声を上げポンポンと大典太の頭を柔らかく撫でた。


「さっきも言ったろ。俺は、お前たちの楽しそうな声を聴いてるだけで元気が出るんだ」



―――そんな、バカな。
そんなものに何の効力もない。間違っている。気休めだ。



何とでも返せた。
けれど何も、取りつけられて長くないこの口からそれらの言葉は一つも出てこなかった。

黙ったまま一つ頷くと、審神者は今度こそ満足そうに「じゃあよろしくな前田」「はい。こちらの襖はお閉めいたしますか?」「いやいい。換気も重要だ」「ではその様に」と言葉を返し、ひとつ伸びをしたところで布団の上に戻っていった。
しかしやはり外の様子は見ているつもりなのか、体勢を横にして「ほらほら、行った行った」と手を振った。








次の日には、主はすっかり治っていた。快活な声が賑やかな食卓に響き渡る。
大勢の刀と一人の人間が取り囲んでいる大きな机の上には、花瓶に生けられた真新しい花があった。


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