とうらぶ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
蝶と刃


!3周年企画作品
!これ設定

―――

今日の手合わせ中も、蜂須賀はずっとぶすくれ黙っていた。
俺を見る眼差しが、日に日にきつく、恨みがましそうなものになって行っていることが気にかかるが、手合わせは手合わせ。真贋の是非は力比べにおいて重要ではない。今日もどうにか、"兄"の威厳を保てたことに安堵し、刀を納める。
黙ったまま形式ばっただけの一礼をし、そのまま道場を出て行こうとする蜂須賀に苦笑いを浮かべながら「まあ待て」と声をかければ、あからさまに煩わしそうな顔を向けられた。


「……何だ。此方には贋作と話すことなどないが」
「俺からは訊きたいことがある。今日はもう内番がなく、出陣も遠征も予定されていないのだが、手合わせ後に手の空いた者は何をやっているのか教えてもらえるか?」
「少しは自分で考えて動いたらどうだ?…………大体の者は、食事作り組の手伝いに向かうか、他の内番連中のもとへ行く」
「お前はこれからどうするのだ?」
「貴様に教える義理はない」


つい、と顔を背け、蜂須賀は今度こそ道場を出て行った。

やれやれ、やはり、以前よりも嫌われているな。まあ理由なら分かっている。
俺が主に「父親」のように慕われ始めてからだ。
あいつは主の「初期刀」だそうで、随分と昔から主と共にあり支えて来たから俺への憎しみもまた一入なのだろう。
だからと言って、それを他の者たちに譲れる部分などではない。
"真贋"を気にせず、"俺"を"俺"として扱ってくれる主への感謝を 俺だって持っていないわけではないのだ。



「………………畑当番の連中の手伝いにでも、行くか」


どうせ手合わせで汗を掻いている。これから更に汗を掻いたとて、同じだろう。


畑へと向かう前に自室に立ち寄り、自身の本体を置き、作業用の衣服に着替える。汗でじっとりとへばりついていた髪を後ろで乱雑にまとめて、部屋を出て廊下から直接外に出た。


今、外の世界は冬の季節だそうだが、この本丸は審神者の意向により年中暖かな気候保持システムが作動している。今の季節は月にすると五月と言ったところか。


畑が見えてくると俺はポケットに入れていた軍手を身につけ、今日の当番である者達の姿を辺りから探す。
今日の当番は確か―――……



「秋田! 乱! いないのか?」



「あっ!長曽祢さんだ!」
「おーい!こっちこっち〜!」


「おお、なんだそんな所で何して……」

「そねさんっ」

「お、あんたも此処にいたのか主」
「はい」


大きな畑の近くの水源として流れる川の辺に、今日の畑当番である秋田藤四郎、乱藤四郎、そして主である少女が座り込んでいた。三人して何かを見ていたらしい。
主は近づいてきた俺のもとまで駆けて来ると、「こっち、来て」と手を引いた。
小さな身体に引っ張られ近寄ってみると、二人が座り込んでいたそこには色鮮やかな野花が群生していた。


「ねえ見てみて長曽祢さん!このピンクのお花、可愛いでしょ〜」
「こっちの橙色のお花も綺麗です!」

「お前たち……仕事を休んで遊んでいたのかぁ?」
「もうお野菜への水遣りは全棟やってるよ!」
「あとは雑草抜きだけです」
「まだ残ってるんじゃないか……」

「…………」
「お、っと …ああ、違う違う。俺は怒ってるんじゃないぞ、主。注意をしてるだけだ。そう悲しそうな顔をするな」
「……えへへ、よかった。あのね、二人に、おやすみしようって言ったのは、わたしなんです。だから、よかったぁ」


自分のせいで二人が叱られるのでは、と危惧したということか。相変わらずな主だ。


「よし、じゃあ俺も手伝うから、休みは終わりにして早いとこ雑草を抜いてしま、」
「あっ!そうだ長曽祢さん、これ見てください!」
「なんだ?」

秋田が手に持っていたものを見せてきた。そこには黄色い植物。

「これは?」
「"たんぽぽ"って言うんだそうです。主君から教えてもらったんです」

主が横で、えっへんと言わんばかりに胸を張っている。その得意げな顔を見ていると何故だか可笑しくなって、ポンポンと頭を撫でてやると嬉しそうに破顔した。

「そうか、たんぽぽ、か。 しかし、これがどうかしたのか?」
「えへ、今思ったんですけど、このたんぽぽと長曽祢さんの髪の毛、なんだか似てると思いませんか?」
「これと、俺の髪が?」
「あっ確かに言われてみると似てるかもー!」
「うん うんっ」

乱と主も、秋田の説に後押しをする。
言われて手に取り、マジマジと見て見ると、まあ確かに毛先の黄色とこの花弁の色は似ているなと頷ける。

しかし、自分のことをこんな小さな花に例えて言われると、どうにもむず痒さを感じてしまう。恐らく蜂須賀辺りが「花の可憐さとは似つかわしい見た目のくせにな」と言いそうだ。それに。


「俺よりも、秋田や乱の方が余程花のような色合いをしているだろう」
「え? あ…」
「そうだね、確かに僕たちの髪の方が、淡い桃色でお花みたいかも!」
「これ、乱ちゃんの髪の色に、にてる」
「わっありがとう主さん!可愛いお花〜」
「主君!ぼくのも選んでください!」
「えっと、秋田くんのはね、」


これかなあ、と、乱に渡したものよりも濃い色をした桃色の花を手渡した。それを受け取ると秋田はとても嬉しそうに笑い、「ありがとうございます主君!」と言った。その様子に主も満足そうだ。

「よかったな、秋田、乱」
「はーい!」
「はい!」


仕事を休んでいる事は頂けないが、楽しそうな様子でもあるのだしもう暫くはこのまま休んでいてもいいだろうか、と、指で摘まんでいたタンポポの茎の部分を回してみる。秋田と乱は主が選んでくれた花と同じものをもう何本か詰み、自室に飾ろう、花瓶を借りようと相談を交わしている。

しかし暫くすると、主の様子が変わってしまった。
笑っている顔に、元気がない。ぼんやりと俺たち三人の姿を見ているようで、目が遠くなっている。


「どうしたんだ、主」
「? 主君ー?」
「どーしたの、主さん?」

三人からの視線を受け、ほんの少し後ずさりはしたが、はたと動きが止まり、次いで俺の顔を見る。逡巡、口篭っていたが、意を決したように口を開く。


「わたしは、なんのお花にもにてないなあ、って思って、ざんねんだなって、おもって」


悲しそうな笑顔だ。確かに髪の色で言うならば、主の黒髪ではここに該当する花は見つからない。

秋田が「主君、僕に似たお花じゃだめですか?」と言って差し出すと、「ありがとう秋田くん」と言うが、それでも残念そうに笑う。
乱が「主さんに似合うお花はきっとあるよ、また一緒に探しに行こ?」と誘うと、頷き、えへへと眉を下げて微笑む。

モジモジと両手の指を絡めていることから、きっと二人の言葉もとても嬉しく感じているんだろう。


ならば、俺からもう一押しを与えてみようか。



「主、乱、秋田 ちょっと痛いかも知れんが、すまんな」


「え?」
「なんですか?」
「なーに?」


「わっ…!」「あいたっ」「わああ!?」


右の手で乱の肩を 左の手で秋田の腰を引き寄せ、そのまま主を二人ごとぎゅっと抱きしめた。勢いがついたことで秋田と乱はお互いの頬をぶつけたらしく、いたっ!と声を上げた。そして主もまた、急な三人分の抱擁に、小さな目を大きく真ん丸くさせ、「? !?」慌てふためいた様子で至近距離にあった俺の顔を見やった。


「んもー、急にどうしたのさ長曽祢さんてばー」
「び、びっくりししたぁ…」
「そねさん? あ、あの……」


「いやなに、こうすれば主は我ら花にとまる蝶になるんじゃないかと思ってな」



「え わたしが、ちょうちょに?」

「そうだ 駄目か?」


俺に抱きしめられたままの三人が、ぽかんとしている。

だんだんと時間が経つにつれ、しまった、やはりこれでは駄目だっただろうか、と心配になって来ていたが、その沈黙を一番最初に破ったのは……三人同時だったのだ。


「主君が蝶々!いいじゃないですか!」
「ほんとほんと!主さんにピッタリ!」
「わたし、ちょうちょ? うれしい!」


そういうと主は、勢いよく俺の腕の中に飛び込んで来た。その主の動きに釣られ、秋田と乱も引っ張られるようにしてぶつかってくる。
さすがに三人分の重みには耐え切れない。突撃の勢いにより、そのまま背後の柔らかな草と土の上に、四人してゴロリと転がった。

土の上に転んだはずなのに、乱も秋田も笑っている。
主の下敷きになるよう庇いながら倒れこんだ俺も、何故だかとても可笑しくなって小さく笑みが零れた。


「 ふふっ」

「? どうしたんだ、主」


胸の上で腹這いとなった主が、これまた楽しそうに、口元に手をやりながらクスクスと笑った。


「 ありがとう、そねさん」


―――そねさん。主だけが呼ぶ、柔らかな響きだ。
主はこれを 本当に 一音ごとを大切にするかのように口にするものだから、呼ばれている俺はとても気恥ずかしくなる。




 そねさん
 そねさん
 そねさん



 きっと、本当は、もっと別の呼び方で、別の誰かを そう呼びたかったかのような。



「…………」

「…? そねさん?」





自分は絶対に、主の想うその人間にはなれない身なれど。
この小さな少女を守る刃の一つになることは出来る。
きっとそれが、刀である自分が成れる
唯一の"寄り添えるもの"だ。




prev / next