とうらぶ | ナノ
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いつか君の口から私の名が出ますように


!3周年企画作品
!人外(男)審神者
!バレンタインデー・ホワイトデー

―――

審神者は酷く悩んでいた。
これと言うのも当本丸就任時以来の付き合いであるへし切長谷部が先月の十四の日に「ちよこれいと」なるものを渡してきた為である。
南蛮渡来の甘味を 人間たちの創った風習をどこからか仕入れ実行してきたへし切長谷部が渡して来た時は、審神者はその甘味と長谷部の行いが示すところの意味を全く分かっていなかった。


何故なら審神者は人ならざるものである。

付喪神である刀剣男士らとは違い、端的に言ってしまえば日本国八百万の神々の末端に名を連ねている存在であり、此度の「歴史修正主義者殲滅作戦」に、愛しき人の子らを救うためにと無限の暇を割いて手を貸している。


元は人間に造られた刀剣として、しかして今は人間のかたちを手に入れ、各々が戦い外の時に思い思いに過ごすことを別段咎め立てはしない。
いま、審神者を主としているこの時ばかりは自由に思い、自由に考え、自由に生きればよいと審神者は思っている。



だから、そう、そうなのだ。

へし切長谷部が万感の想いを込めて、人間の風習に則りそれを伝えて来たのであれば、
審神者としてもそれを無碍には出来ない。




審神者の目の前には、折り目正しく、綺麗に包装された「ちよこれいと」の箱。
――薄い青色の包装紙に、濃紺のリボンとワンポイントの白いコサージュ
中身はすでに空だ。
長谷部が作った「ちよこれいと」は確かに美味であった。何千年も神として存在し続けて来たが、斯様なものを口に入れたのは初の体験だった。受け取ったその日には食し、翌日には味についての感想を好意的に伝えた。長谷部がとても喜んでいたことを覚えている。そう言えばちょうどその日から連日、遠征へと出立していた加州が、「そんなイベントあったんなら俺にも教えてくれてもイイじゃん!?」と帰還して早々口を尖らせていたはずだ。



長谷部は、感想だけでああも喜ぶ。
"主"という存在はそれほどに甘美なものであるのか、口元を僅かに綻ばせて。


神とは、人から何かを与えられ、そして気まぐれに何かを返すものだ。
与えられる一方で見返りの一つもないとあれば憐れに思うものだし、
やはり信仰……ではなく、信頼と信愛を受けたのなら加護の一つや二つ授けるべきだろうとも思う。


詰まるところ、審神者は、「自分から長谷部に何かお返しをした方がいいんだろうか?」ということでこの一月悩んでいたのである。
でもそれをどうしたらいいのか分からない。これが現状だった。










『………………長谷部』

「はい、主!」


長谷部から「ちよこれいと」を受け取ってから今日で一月。特に案や加護の候補が見つかったわけでもなく、前途多難にも長谷部を審神者の私室に呼んでいた。


『……………』

「……」


審神者が黙りこくっていても、長谷部はきっちりと姿勢を正したまま、審神者の次の言葉を待っている。大方、次の行軍予定を通達されるのだと思っているのだろう。


どうする。何を言おう。
審神者が胸中で、そんなことで悩んでいることなど露知らず。
審神者の背から生えた、大鷲の翼のような大翼がばさりばさりと不規則に揺れている。通常時ならば神としての威厳を大きく見せる為のそれも、今は落ち着きのない子どもの揺すりのようであった。


案は一向に出てこないが、しかしこのまま沈黙を続け、長谷部に不安感を与えることは良しと出来ない。
出鱈目にでも、何か言おう。そう思い審神者は、鋭い牙の生えた獰猛生物のような口を大きく開いて言葉を吐く。



『何か入用なものはないのか、長谷部』


長谷部がポカンとした表情を浮かべる。長らく思案していた審神者が言った内容がこれ?と言う様な顔だった。
しかしすぐに取り直し、「いいえ」と首を横に振る。


「今の俺に、主と、主からの信頼以上に欲する物はありませんよ」
『ほんの一つもか?』
「ええ」
『なら、何か見てみたいものがあるとか』
「それならば。この戦にて、勝ち鬨を上げる主のお姿を」
『うむ、それは勿論だが……』


ある一面に於いては誰よりも強欲であるはずの長谷部は、こんな時はとことん無欲である風を装う。
それを指摘してやることは容易いが、それでは長谷部の自尊心を多少なりとも傷つけてしまうだろう。


「……、……」


『……む。何か物言いたげだな長谷部よ』

「! あ、も、申し訳ありません」
『構わない。なんだ?言いたいことがあるなら聞かせてみよ』
「………その、…何故、主はそのようなことを俺に訊ねられたのか、と」
『ああ、何てことはないのだ。二月にお主から受け取った「ちよこれいと」の返礼をせねばなと思っておってな』
「!!」


「お、お礼ですか!?」何故か長谷部は顔を真っ赤にさせた。
素っ頓狂な声も上げ、それほどまでに審神者がお礼をしようと思ったことは意外極まることだったのだろうか。


『……何だ?私とて、供え物があれば恩返しをする神としての側面も持っておるぞ』
「い、いえ!決してそうではなく! た、ただ、その」


口をもごつかせ、それ以上の言葉を紡がなかった長谷部は、結局、長谷部の欲しいものを引き出そうとした審神者の方が根負けし、退出を命じるまでずっとそんな様子のままだった。
ただ一言、「こうやって主と二人、面と向かって話が出来るだけで……」と呟いて。






………今度、友人である火と鉄を司る神に「刀が欲しがるものは何か」を訊ねてみることにしようと思う。
山と豊穣を司る神である自分には、まだまだ刀剣の付喪神とは謎多き存在だ。






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