三十個目のジャガイモも、ついに欠片しか残らなかった。
だから芋の皮むきは苦手だから別の奴に任せろと言ったんだ。それなのにあの主と来たら、本当に刀の適材適所をまだ理解していないなと同田貫は顰め面に溜息を零した。
「あっ、同田貫君またジャガイモこんなに小さくして!」
「…うるせェなぁ。だったら俺が灰汁取ってアンタが皮剥いてりゃあ良かっただろうが燭台切」
「灰汁取りだって繊細な作業なんだからキッチリこなしたいんだよ!」
「……そうかい」
同じ刀だというのにこのやる気と技術力の差。どこでこんな違いが生まれたのだろうかと考えたが、人間にも色々あるように、刀にだって色々ある。使われてきた環境の問題は、今さらどうこうしようがないのだ。
今度こそは自分を料理内番に任命するなと主に直談判したかったが、主はいつも本丸内を隠遁しながら過ごすので上手いこと捕まえられないのだ。本丸の主があんな調子であることには残念ながら慣れが生まれてしまったため特筆して言うべきことはないが、こればっかりは解決したい問題だった。
「……で、その茶色い液体はなんなんだ?」
「"かれえ"だよ。主が与えてくれた端末で調べて美味しそうだったから作ってみたんだ」
「かれえ……こんな泥みてぇな食い物を人間は食うのか」
「主の好物なんだって」
「へえ」
「だから美味しく作ってみたから、味は保証するよ。皆の口に合うかは分からないけどね」
大鍋をかき混ぜる燭台切はニコニコと楽しそうだ。
同田貫は他者の感情の機微に疎いが、今彼が大変"幸せな状態"であることは目を瞑っていても分かった。声音にまで喜色を浮かべているのだから、相当なものだろう。何がそんなに楽しいものなのか。さっぱり分からない
「アンタ、そんなに飯作んの好きだったのかよ」
「……料理を? いやあ、別に苦手じゃなくて、他に得意な子がいないからずっと担当してるってだけで好きかって言われると疑問なところあるよね」
「? その割りにはやけにニヤニヤしながら料理作ってるじゃねーか」
「え? ……あー………」
思い当たる節があるのか、燭台切は照れたように頬を掻いて、気恥ずかしそうに告白した。
「……多分、僕が料理作りながらニヤニヤしてるときは、『どうやって主クンを食卓にまで引っ張って来ようかな』とか、『今日の料理、主クン喜んでくれるといいな』とか考えてるときだと思う…かな…」
同田貫には他者の感情の機微は分からぬ。
だが、色恋沙汰はもっと解らなかった。
「……アンタ、あんなのが好みだったんだな」
「こ、好み!? えちょ、違うよ、これはそういうんじゃないからね!?主クンはあくまでも主クンだし、どうせならもうちょっとカッコ良くしててほしいとかしか思ってないから!」
「あー、ハイハイ」
「ちょっと!君から話を振ったんだからもっとちゃんと聞いてくれないかな!」
これ以上は聞いていなくても問題ないと判断した同田貫はいかなる理由であろうとも、もうこの話題について耳を貸すことはなかった。どうでもいいから早く飯にありつきたかった。
なので後を燭台切に任せ、自分は夕餉までの時間短縮のために主の捜索をしようとしたのだが、「主は僕が探すから大丈夫だよ」と言った燭台切には、正直ドン引きだった。
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