とうらぶ | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
ろく でもない じんせいだ


「主、お休み中のところ失礼いたします」


夕餉の席での喧騒が無くなった頃、先に床に入っていた主の部屋の前でへし切長谷部は深呼吸する。


「 おー、長谷部か どうしたんだ?」

「…本日の不寝番は俺ですよ。お忘れですか?」
「あ、そうだったな。そうか、じゃあ頼むわ」
「はい、お任せを」



へし切長谷部は 本当は今日の不寝番ではない。
元々、不寝番は一番夜に適している短刀や脇差のどちらかが主に勤めるもので、長谷部が番を勤めたことは数える程度しかなかった。
ただ、今日は一日中……もうあと数刻しかないが、主が起床するその時間までずっと起きていられる自信があった。眠れるわけがない、眠れそうもない。

ゆっくりと主の私室の襖に背中を預け、立てた片足と肩で本体を挟み、ふっと息を吐いて長谷部は真っ暗な中庭を眺めやった。

この光景も、これで見納めなのか。
本当に唐突に、人との離別は来るものだ。
いつだってそうだった。
俺の気など知ったことではないと。


歴代の主の顔が脳裏に浮かんでは消えた。
最後まで残り続けたのは今の主のお姿だった。


「………あるじ…」


こんな時だと言うのに、それでもお休みしている主を起こさないように小声になってしまうところが自分で憎らしく思えた。


主の部屋からは物音一つしない。ぐっすりと眠られているようだ。
それも、そうだ。今日のことで一番疲れているのは現代と本丸とをたった一日で行き来された主に他ならないだろう、なんということだ、すっかり失念してしまっていた。


こんな様子では、到底自分の出る間はないのだと、へし切長谷部はすべてを諦めることにした。いつものように、いつものように。
伝えたいことは 伝え逃すもの。全く、ままならない、刃生であった。



prev / next