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イチ


『刀剣乱舞』という新しいブラウザゲームが開始したことを、妻はいたく楽しみにしていた。

「事前登録はしておいたから!」
「今日サービス開始だから本登録しておいてお願い!あ、サーバーは備前がいいかな!」
「最初の刀は加州清光君にしておいて! 行ってきます!」

その三言を残し、妻は仕事に出かけて行く。
頼まれた方である僕は「うん分かった」「備前だね、了解」「加州清光君、うん覚えたよ」「いってらっしゃい、あっこれお弁当二食分ね」と返して閉まった扉に鍵をかけた。
朝食の皿の後片付けとゴミ出し、洗濯物を乾して、トイレと風呂の掃除。それらを終えてやっとパソコンをつけた。


「えー…と、刀剣乱舞…刀剣乱舞……」


可愛らしい女の子達が出迎えるホームページのトップ画面に、目立つ男性キャラクターのアイコン。これがそうだ。

必要な情報を入力。
数回クリック。
加州清光。これが妻のお目当ての子。(僕は陸奥守という子が少しだけ気に入った。)
凝ったオープニングムービー。
形式ばったチュートリアル。






『俺は、加州清光。はじめまして、あなたが俺の主?』


「ううん、違うよ」



整った顔に困惑した表情を浮かべた、『画面の中の加州清光』君。
「主じゃないって? どういうこと?」
当然の疑問を口にした彼に、僕はことさら柔らかい笑顔を作って教えた。



「君の本当の主は、奥さんだよ。僕は代理。彼女は仕事で忙しいから、代わりに僕がサーバー登録をしておいてるんだ」

理解してくれたのか出来たのか、『へぇ〜そうなんだ』と言う加州清光はそれでも『ねえ主』と僕に向かって呼びかける。だから、違うと言っているんだけどなあ。


『代理登録でも、ちゃんとその奥サンにこのゲームが何なのかを説明しないと駄目だよね?』
「え? ああまあ、そうだね」
『主は分かってるの?。この"刀剣乱舞"っていうゲームが、ただのゲームじゃないってこと』




ただものでないと分からない、と言うわけないだろう。


パソコンのモニターの"向こう側"にいる加州清光は、先程から僕へ送る視線を外さない。
こちらの言葉を逐一拾い、返事をする。
自由に手足を動かし、モニターから見えている範囲を動いて回る。


奥さんに事前に話を聞いていてから調べたネットの噂で聞いていた。

この"刀剣乱舞"なるゲームに登場する刀剣男士たちは、"生きている"と称される。

電子の壁を超えたその先で、確かに意思を持って動いているのだと言う。

仕事と家事であくせくと生きる毎日で、すっかりテレビゲームに疎くなった僕からしてみれば、「最近のゲームは進んでるなあ」と言ったぐらいの感想しか浮かばなかった。


「まあ難しいことは分からないけど、要はハイテクなたまごっちのようなものだろう?」
『……えと、そのたまごっちて言うのがよく分かんないけど、なんとなく文字の響きから察するにもうちょいシリアスなゲームだと思ってほしいかな』


たまごっちではない? じゃあポケ○ン要素も加えておこうか。


「それで、チュートリアルはいつ終わるのだろう? そろそろ仕事しなくちゃいけなくてね」
『あ、そうなんだ。これから出社なの?』
「いや、僕は自宅のパソコンで出来る……まあ取引業的なアレだよ。チュートリアルが終わったならブラウザを閉じて仕事するけど」
『わ、わ、待って、待って。まだ鍛刀と刀装つくりを教えないといけないから、あと五分だけ時間ちょうだい』
「分かった」



加州清光と、こんのすけというナビゲートキャラクターに教えられ、
やって来た二人目の刀は前田藤四郎と言ってとても礼儀正しい、気遣いの出来る子だった。これはいい、きっと奥さんも喜ぶだろう。



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