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草木も短刀たちも眠る午前二時
ぬばたまの夜に包まれたような本丸の、審神者に与えられた一室には、青々としたモニターの光と、電子音が絶えず鳴り響いている。
複数の空中モニターへと映し出される情報の波を 忙しなくアイセンサーと脳波で制御、把握しながら、こんのすけのアシスタントを頼りにしつつ、2205年の時代に在る政府機関との情報交換を交わしていた。
専ら、此方側が政府に向けて送信する内容は、一日の出陣記録と、刀装、資材の増減数、刀剣たちの練度上昇など、当本丸に関することが主たるものであるが、政府側から各本丸に向けて発信される情報には、深刻性の増したものが常である。


『――報告します審神者さま。別次元にて活動を行っていた本丸が、"歴史修正主義者"の襲撃を受けた模様。SNWナンバー、14、16、25が相次いで破壊、該当本丸は崩落、反応をロストしたとのことです』


政府から通達された電報を読み上げたこんのすけ。――当本丸の審神者は、最初に製造され、後から模倣として量産された者達には02以降の番号が振られ、個々の機体に個体差は無い。"パラレルワールド"とも"平行世界"とも取れる別時空に配属され、同様に歴史修正主義者たちと対立していた、言わば同型兄弟型の死亡が告げられたのだ。


『……詳細は?』
『はい、調査班からの報告があります。

まずSNW-14について。"主力部隊を出陣、第二、第三、第四部隊を遠征に送り出していた隙を狙われ、襲撃。本丸にて待機していた刀剣たちと共に応戦、しかし敵との練度差が激しく、当時本丸にいた24振りの内、10振りが破壊。8振りが中傷、重傷。残りの6振りは皆短刀で、審神者が救出し防護壁を展開させたが、大太刀軍、薙刀軍の追撃を受け四肢を損傷。審神者は"基本自己保存プログラム"の発動により、『SNW』のデータ全てを政府に送信後、全消去。残存していた刀剣たちも全破壊。"――出陣、遠征から帰還した刀剣たちから何とか聞き出せた内容です。 "抜け殻となった審神者が、それでも折れた刀と破片を抱き込むようにして死んでいた" …襲撃を受けなかった刀剣たちは別本丸に送り再登用も考えられましたが、主と仲間たちの死により戦意と自己を失っておりましたので"最悪な二次被害"を防ぐため、本霊に変換させたとのことです。』


ロボ審神者が敵に追い詰められた際、何よりも優先して行うことが 敵の手に人工知能『SNW』を奪われない為の自己消去であることがプログラムされているが、実際にそれを行うとき、自分なら何を最期に思い浮かべるだろうかと考えた。


『続きましてSNW-16について。
大まかな部分はSNW-14と類似点があります。異なった点は、殆どの刀剣が当時本丸内にいたことですね。ただ襲撃時刻が今日のような夜更けであったようで、見張りに立っていた脇差が敵を発見してから全員の体制が整うまでかなりの時間を有したとか。スリープモードに移行していた審神者が再起動する頃には、かなりの大混戦だったようです。…"本丸にいた45振りの内、12振りが破壊。" ……"28振りは、審神者の手によって本霊に変換が成された" "しかし残りの5振り、浦島虎鉄、和泉守兼定、同田貫正国、鶴丸国永、平野藤四郎 以上の刀の行方が不明とのこと。敵勢力の手で刀ごと回収されたものと思われる。また、SNWを消去し死亡した審神者も損害が激しかった為、パーツの再利用を断念。辛うじて持ち帰れた部分のみ解体" とのことです』


寄せられる報告からは、学ぶ、改める、改善するべき要点を幾つも教えられる。
失敗は成功のもととは昔の人間はよく言ったものであった。
脇差の者達も偵察能力には長けているが、それでは補い切れない部分があると知った。酷だからと任せずにいたが、今後は短刀たちの睡眠時間をそれぞれずらし、最低でも二振りは夜半の警戒に就かせた方が良いようだ。

気付いたことと伝達事項を纏める為に筆を取り、内容を認める。審神者がそれらを纏め終えるのを待っていたこんのすけは、『最後です』とSNW-25の報告を読み上げ始めた。


『SNW-25は審神者の中でも比較的新任の分類に入ることがこの結果を招いたようです。まず、保有していた刀剣の数が全部で十五振りと少なく、内、十三振りが傷の少ない状態で政府に保護されました。破壊された刀剣はへし切長谷部、岩融の二振り。まずへし切長谷部が真っ先に敵の襲撃に気がつき審神者に報告。審神者が他の刀剣たちのもとへ向かっている間、敵を近づけまいと孤軍奮闘したが敵勢力の数に押され破壊。続く敵の波を御堂前で岩融、燭台切光忠、太郎太刀が応戦。残りの刀剣も援護に入り、殆どの敵を討ち取ったようですが、ここで練度で劣った岩融が背後から槍の攻撃を喰らい破壊。動揺が生まれ、そこへ生じた隙に敵が付け入り隊形が乱れ、……倒れた前田藤四郎を庇って審神者が頭部を損傷。回路が断たれたため、"基本自己保存プログラム"の発動が出来ず、SNWを摘出されたようです。……政府の憤りと残念な気持ちが文面に滲み出ていますね。 SNWを奪い離脱した部隊の追撃は出来ず、残った敵勢力を全て掃討後、審神者の完全な死を理解した刀剣たちは、連絡を受けて飛んで行った政府の者の呼びかけにも無反応だったので直ぐに変換が成された。 以上です』



いずれの本丸も、審神者が破壊された。該当本丸の建て直しは行われず、廃棄されるのだろう。
長々と読み上げてくれたこんのすけに『ご苦労』と労えば、それよりも、と尻尾を揺らす。


『狙われた本丸は、いずれもレベルの低いところばかりでした。歴史修正主義者にも、弱い者達を見定める目とそれを考える頭はあったという事のようですね。』
『そのようだ。特にSNW-25など殊更そうだろう。つい先日新たに造られたばかりだったではないか』
『ええ。なのでSNW自体もまだ発展途上だったことから敵方の手に落ちても大した情報は抜き取られないだろうというのが政府側の見解だそうです』


ロボ審神者があえて口にすることはないが、政府はやたらと審神者のことばかりを心配しているようだ。 それも当然だと言えるのかも知れない。審神者一機を造る為に、どれほどの資源と時間と人員を消費するのか、それを考えれば報告の内容が審神者の様子を事細かに綴ったものばかりであるのも頷ける。
"この報告を他人事だとは決して思わず、同じ轍を踏むべからず。精進せよ"
大方、そう言ったことが文面から感じさせてくる。



『………基本自己保存プログラム、か』
『如何されました?』
『いや、実際にそれを発動するとなったら、どのような気分になるのだろうと思ってな』
『失礼ですが、気分がどうこうと言う話ではありませんぞ審神者さま。貴方は本物の審神者の力を一番に受け継いだ、言わばオリジナルのコピー。貴方を元にして製造されたほかの量産型たちはコピーのコピー、故に性能の劣化が多少なりとも存在する。ですが貴方には劣化などない。何を以ってしても、その"SNW"は守り通さねばならないのです』

『 ああ、理解しているよ』

『…なら、いいんですけれどね』



『だが』



審神者は顔を上げた。その青い目には、強い眼光が備わっている。


『SNWの保存は最優先しよう。だが、必ず刀たちは助ける。誰も折らない、壊させはしない。必要ならば我が身など幾らでも危険に晒そう。その為にこんなに丈夫に造られているのだから』


性根に歪みのない、真っ直ぐよく通る声でそう告げた審神者の顔は、無機質かつ能面染みたつくりの中にも怒りと、決意とが窺い知れるようだった。

こんのすけは何も言わなかった。ただ黙って審神者を見つめるだけだった。




しかし、審神者のいる部屋の外からは別の反応がした。
ガタン、と障子が揺れる音がして、一機と一匹が振り向けば、そこには やるせのない表情を浮かべているにっかり青江と、いつもの無表情の中に、少しだけ眉を下げて見せた大倶利伽羅が立っていたのだ。
両者の眼は、どちらも審神者だけを捉えている。


『……お前たち…』

「……ごめんね、主。立ち聞きなんて悪シュミなこと、するつもりは無かったんだけれど」
「…………」
「ほら、僕と大倶利伽羅君、明日は揃って出陣に出るだろう?だから他の隊員の内訳を主と話し合いたくて来てみたんだけど…」


どう考えても、僕らが聞いちゃいけない内容を話し合ってたんだね。
青江はそう言うと、とてもしおらしくなる。
此方から問い質すまでもない、おそらくは、最初から全てを聞いていたのだろう。
加えて、大倶利伽羅はいま近侍に、第一部隊の隊長を勤めてくれている。明日の出陣のことで指示を仰ぎに来るのは当然だ。



『…いや、聞いていけないという事はない。お前たちに隠し事など、私はしようと考えたこともないしな』
「………そう」
「………………その話は、」

大倶利伽羅が不自然に言葉を区切る。その続きの言葉を汲んだ審神者は一度頷いて引き継いだ。


『ああ。"今この瞬間にも何処かで起きているかも知れないこと"だ』


刀剣たちの破壊も、
審神者の死亡も、
本丸の解体も、
何もかも。


審神者の言葉を聞いた大倶利伽羅はぎゅっと自身の拳を握り締めた。
青江の顔にも、険しい色が見える。

しかしこの場の空気は、決して重苦しいものにはならなかった。




「………おい。稽古場を使わせてもらうぞ」
『 え? このような時間からか?なぜ…』
「…要は強くなれば良いんだろう? 敵を倒すのも、此処を奪わせないことも、……それで解決する。 …違うか?」

隣に立っていた青江が噴出した。目に薄っすらと涙を滲ませている。

「…えらく脳筋的な考え方だよねぇ。 ふふ、君はもう少し理知的なところがあると思ってたけど、存外面白い部分もあるんだ。イイねえそういうの、僕も嫌いじゃないよ」

『お前たち…』

「もう、ずっと君と一緒にこの本丸で暮らして、戦って、生きて来たけど、今日ほどそれを強く想ったことは無かったよ。 形あるものはいつか壊れる、今を生きるものはいずれ死ぬ。これは必定だけれど、それは、今日でも明日で無くても良いわけだ。 僕も大倶利伽羅君と一緒だよ。この場所を、今の生き方を、他の皆を、君を、気に入ってる。強くなることで君が壊れる日を先延ばしに出来るのなら、僕も何だって斬ってあげるからね。幽霊でも、石灯篭でも、煩わしい高速槍でもね」


審神者に伝え終えた青江は、とても晴れやかな顔になっていた。
普段から自分がそういう考えを抱いているであろうことは意識的に認識してはいたが、口に出すことはないのだろうなと思っていた。それを思わぬ形で吐露できた事は、彼にしても上々だったようだ。



『…… ……』


審神者は、この二人に何を伝え返せばいいのか迷った。分からなかったわけではない。ただただ困惑していたのだ。 ――嬉しい、とも言い換えることが可能だった。



『……ああ、そうだな。私は、私と共に人間のために戦ってくれるお前たちを心の底から大切に想う』
「光栄だね。まあ僕らはその"人間のために"って言うのはいまいちピンと来ないけど、引いては君のためになるから頑張ってみるよ」
「………おい、青江。あんたはここに残って明日の隊形の話を聞いておいてくれ。俺は行くぞ」
「ええ? 少しくらい待ってて欲しいなあ」


青江の言葉を無視して、第一部隊の隊長であるはずの大倶利伽羅は先に部屋を出て行ってしまった。この場にもし長谷部がいれば、「職務怠慢だ!」と怒っていたかも知れない。

しかし、最終的には誰もが表情を緩めるだろう。


審神者が――主が笑っている。
 青江もそれを見て、安堵するように笑った。


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