とうらぶ | ナノ
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壊れて 負って また生まれて


第一部隊が出陣した際、審神者は本丸敷地内から少し離れて建つ本堂に篭り、千里眼と呼ばれる神力を用いて合戦先の刀剣たちの様子を見、指示を出し、戦況を知る。
その際、審神者、そして彼の補助を担うこんのすけ以外の 何人も 本堂に立ち入ってはならない。
本堂の扉は審神者の特別な力によって封が貼られ、外からは戸の取っ手にすら触れられず、また中にいる審神者自身も、送り出した部隊が本丸に帰還するまで、本堂から外に退出することはしてはならない。もしもそれを行った場合、審神者と、出陣先の刀剣たちの間で繋がっている霊力の糸が切れ、最悪の場合刀剣たちがその時代に取り残され、本丸へ帰還できなくなる可能性が生じる。



審神者は本堂の中央にいた。彼の斜め後ろにはこんのすけが待機している。


『こんのすけ、A-7番目のスクリーンを350%拡大』
「はい」
『次 E-2 200%』
「はい 部隊長の和泉守兼定からの連絡です。回線を繋いでください」
『分かった』


本堂の空間に幾つも浮かぶディスプレイには目まぐるしく出陣先の時代の様子や天候、地理、近隣の生態系、人里からの距離、感知される敵の数などの膨大なデータが数値を連ねている。審神者が新たに浮かべたディスプレイに、霊力を用いて通信を繋げてきた和泉守と、彼が率いる第一部隊の面子の姿が映し出される。


『和泉 どうだ、そちらとお前の様子は』
―――池田屋前正面にいるが、問題ねぇ 中に敵の気配があるって薬研と骨喰が言ってるし、俺にも分かる。夜目も利く、闇に紛れた奴さんの姿も丸見えだ。
『そうか』


太刀から打刀へと霊力を転換させた和泉守兼定の初陣であったが、彼もいたく今の自分の力を気に入っているし、行軍に問題はなさそうだと判断。
『和泉 君の練度はすでに上がりきってはいるが、慣れない戦場だろう。どうか他の皆で、隊長を援護してやってくれ』
――ああ、任せとけよ大将 回線に割り込んできた薬研の笑う声
――問題ない いつものように凛とした骨喰の声
――……早く行くぞ 和泉守よりも少しだけ打刀としての戦場の先輩である大倶利伽羅は焦れたように
――だーいじょうぶじゃ、ワシに任せちょき!そこでよう見とうせ!相手の眉間に一発バンと撃ち込んじゃるきに! 陸奥守の明るい大声は直接でなくともよく響く
――主命とあらば 胸に手をあて頼もしく笑う長谷部


通信モニターを審神者正面の巨大ディスプレイに映し、こんのすけが池田屋の簡易的な全体図を用意する。戦の準備は整った。
――御用改めである!
和泉守の号令と共に、部隊は池田屋の中へと押し入り、二階へと駆け上がった。


『ではこんのすけ、モニターの監視は任せたよ』
「はい、お任せを」


ディスプレイを全てこんのすけに後を託し、審神者は居住まいを正し、ゆっくりと目を閉じ、"飾り物"の口を開き、息……ではなく体内に蓄積した排気を吐き出した。

ボゥ 青白い光が審神者の体全体を包み込む。
回線から音が、声が、剣戟が、聞こえてくる。


――うらァッ!!
――そこだ!
激しい鍔迫り合い 一刀の元に切り伏す ごとり、ぼとりと、一体、一体、歴史修正者たちが池田屋の廊下に、部屋に、斃れていく音
暗い廊下を走り、角を曲がり、幾枚もの障子を開き、彼らは池田屋の奥の奥へと突き進む。
ここまでは順調。審神者は目を閉じ、神力の補填に集中するだけでよい。
しかし 得てして、強敵とは奥で待ち受けているものだ。


――出たぞ! 高速槍兵だ!!

薬研の鋭い報告の声が審神者の聴覚センサーにも届く。
――主、悪い、索敵失敗だ
焦った骨喰の声


『――方陣だ』

 こんのすけが、いつものように気遣わしげな顔で窺っているのが分かる。 分かっている。 私は、いつまで経っても恐れを抱くままだ。 誰にも欠けてほしくはないと、願わずにはいられない 弱いロボットなのだ



――ッ! …あいよ! おいお前ら!俺を筆頭に横に並んで陣を保て!あの槍に縦からブッ刺されんなよ!  来るぞッ!!


号令を飛ばした和泉守へと、暗闇から迫り来る高速兵の槍の穂先 咄嗟に本体を前方に出し、受け止めに掛かったソレを嘲笑うかのように槍兵は長い髪の隙間から見える瞳に爛々とした輝きを宿し、更に一歩距離を詰めた。


和泉守が装備していた刀装に、皹が入る。
(左手の指が 二本千切れた)

穂先が、受け止め損ねた本体――和泉守自身の左肩に突き立てられてる。
(左手の手首から先が焼け焦げ、右の眼がショートし火花を散らす)

一瞬で相手の太刀兵の懐に潜り込み、切り伏せた薬研を狙った打刀兵の一撃が、彼の肩当てを打ち据える。
(右腕の間接が ボトリ、バチバチと音を立てて、本堂の床に落ちる)

短刀兵の一撃を受け止め、お返しに相手のむき出しになった骨を掴んで顔ごと圧し切った長谷部の背後には、新たな高速槍兵 ここまで、長谷部を守護していた盾の刀装が代わりに一撃を受け、真っ二つに割れた
( ボディと肩とを繋いでいる回路が焼き切れ、ズドン…と重い音を立てて左肩パーツが外れた。 やれやれ、また大仰な)





審神者とは、ただ座して刀剣たちの戦いの行く末を見守るだけではない。
己の神力、霊力を分け与えた刀剣たち、そして刀装が傷を負えば、『跳ね返り』が審神者を襲う。


審神者は、床に落とされた己の"左肩だったもの"を見下ろした。今は何も言わないが、この跳ね返りについてこんのすけはいつも苦言を呈する。

曰く、ロボットである審神者のカラダの各パーツはスペアが造られ、代替品が在るが、資源は無限ではないのだ、と。 と、言った旨のことを 政府が遠回しに非難してくるのだと。


その話を思い出して、審神者は つくづく己が人間でなくて良かったと思った。こんな『跳ね返り』が、出陣のたび、刀剣たちが、刀装が、傷つくたびに起こるのだから。出陣する刀剣たちも、本丸に待機している刀剣たちも、誰もこの事実を知らない。知らしてはいけないという事ではないが、進んで事実を伝えようとする者はいないだろう。



――勝ったぜ、大将。


思いに耽っていた間も、第一部隊は池田屋の中を進み、交戦し、傷を負っている。
最後の敵地に到達する頃には、審神者の姿は目も当てられないほどになっていた。しかしいつも辛うじて口と音声回路だけは無事なので、審神者は何でもない様子で彼らを労えるのだ。

なので今回も、審神者は薬研が最後の敵を打ち斃した報告を聞くことができた。


『お疲れ様、みんな』
――ア〜〜〜〜!まーっこと疲れたぜよ!
――だあああああ!早いとこ帰って風呂行きてぇ!
盛大に息を吐いた陸奥守と和泉守 そんな二人に手を貸しつつ、笑いながら、顔を顰めながら、同意の意を示す他の刀たち
勝っても、傷を負っても、変わらない彼らの姿を見ると、審神者は安堵するのだ。


『ああ、すぐに帰還用のゲートを開く。少しその場で待機していてくれ』
――りょうかい〜。


回線を切り、こんのすけに声をかける。献身的なサポートメカは、いつものように既に代わりのパーツを用意していた。
本堂の天井が開き、そこから無数のロボットアームが降りてくる。
用意されたパーツ一つ一つをアームが掴み、寸分の狂いなく接合してくれる。


新しく取り付けられた両手に、力を込め、帰還用のゲートを作り出す。

これを通って、彼らは帰って来る。この、本丸へと。


『こんのすけ、私の姿は大丈夫かな?』
「 ええ、"いつもと同じ"ですよ、審神者さま」
『 それはよかった』


ディスプレイを省電力モードに切り替え、立ち上がる。本堂を閉鎖していた封を切り、本丸の庭に出ると、畑当番をしていた短刀たちが「あ、主!」気付いて駆け寄ってきた。泥だらけになって、励んでいたらしい。よしよしと頭を撫でてやった。


「そろそろ第一部隊、帰って来るの?」
『ああ、もうそろそろだ』
「お、お迎え、しに、行きましょう、か」
「それいいですね!」
「小夜も!行こう!」
「…分かった」
「ほら、主も!」
『分かった、わかった』


取り付けられたばかりの新しい左手と右手を 引かれ、
何も無い空間に開かれたゲートの前に集まって、第一部隊の帰りを待つ。
やがて戻って来た部隊は、傷ついた様子ではあるが皆一様に笑顔を見せる。


「帰ったぞー」
「主、ただいま戻りました」
「おっ、お前ら!迎えか?感心、感心」
「主〜!ワシの今回の武勇伝、聞いとうせ!宣言通り太刀兵の眉間に一発バンしたがぜよ〜!」



彼らが誰一人として欠けず、無事に帰還するならば、
こんな、己の負う痛みや欠損など、微々たることだ、と



代替の利かない彼ら刀剣たちを大切に思う、

量産型――代替の利く――のロボットは、そう考えるのだ。



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