とうらぶ | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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最初の刀


『審神者さま?何を呆然と立っておられるのですか。シャンとなさってくださいませ!』



拠点となる屋敷を見ながら呆けていた私の足元で声。見れば、これまた見落としてしまいそうなほど小さな――キツネ。


『お前は………そうか、お前が"こんのすけ"だな?』

確信があった。データに記載があったのだ。
それを受けてキツネも正解だ、と言わんばかりに大きく頷き、器用な動きで私の身体を駆け上がってくる。一気に肩にまで昇りつめ、ふわりと尻尾を揺らした。

『はい審神者さま。私が此度、貴方のサポートをする為に造り出された、ポータブルデバイスの"こんのすけ"で御座います。』
『ポータブルデバイス……ということはお前も私と同じということか?』
『ええ。動物型のロボですね。実は時空の歪みを渡る際にずっと審神者さまのバックパックにしがみついていたのです』
『それは…気がつかなかった』


巨躯である私でさえ引力の抵抗に屈しそうになったというのに、それにしがみ付いて凌いでいたとは恐れ入る。
ともかく、このキツネ改め、こんのすけは私のサポーターのようだった。
膨大な量の審神者データを有してはいる私だが、積載重量を最低限に留めるためコンピューターやデバイスの軽量化をしていたのはこの為だろう。『早速ですが』とこんのすけは前置いておいて、ブゥンと何も無い空間に液晶モニターとパネルを浮かび上がらせた。


『拠点となる本丸に到着なされた審神者さまにはまず手始めにやっておかなければならない事がございます』
『それは?』
『"初期刀"の鍛刀です』
『"初期刀"?』
『初期刀とは政府が算出した、比較的力の釣り合いが取れた、最初期に御しやすいであろう刀剣のことです。過去の日本における刀剣の様々なデータを解析、吟味し、選別された数は五振り。この内のどの刀が最初に現れるかは残念ながら、いかに審神者と言えど選択の権利はないのです。あくまでも審神者さまが召喚し、顕現しようとしている存在は神ですので』


審神者の力でも、というのは理解できた。呼び出そうとしているのは神。増してや私は、人間ではなくロボットときているのだから。


『して、どうやって鍛刀をする?』
『こちらに。本丸の母屋スペースから離れたところに鍜治場を設えてます』
『…………母屋、私には小さいと思うのだが……』
『……それは私に申されましても…なにせ審神者さまの今のその身体の大きさは予定外のものになりますからねぇ。 いやはや、オリジナルの審神者の有していた力、あなどりがたし。しかしそれも死んでしまえば意味はなし。人間とは驚くべき力を持っていながら、なんとも儚い存在だとは思いませんか?審神者さま』


こんのすけは…どうだろう、今のは笑ったのか。ニタリ、という音が似合いそうな薄ら笑いを浮かべたこのデバイスは、どうやら人間というものにあまり良い感情を持っていないらしい。

……ん? そもそも、"私"は最後の審神者の頭脳――人格を模倣して生まれている人格だが、こんのすけのこの、感情豊かな様は一体誰を模しているのだろうか?
そう思考していると、瞬く間に鍜治場に到着し、問う機会は失われてしまった。

小さいが、敷地面積自体はなかなかに大きな本丸のようだ。



『鍜治場は少し大きなようで安心したな』
『どうぞ中へ。ここでは審神者さまの神力を刀に宿らせるよう、専属の刀匠がおります』


確かに、戸を潜り、敷居を跨ぐと、鍜治場の真ん中にチョコンと立っていたのはとても小さな刀匠の姿。明らかにこれもまた人間はない。



『見目はこうですが、刀匠としての能力はある者です。どうぞ、審神者さま。最初に投入する資材の数はすでに設定してありますので、後はあなたの審神者としての能力を発揮する時にございますぞ!』


そうだ。いつまでも呆けてばかりもいられない。
一人と一匹に促され、中央に移動する。火が轟々と音を立てながら、炉の中で燃え盛っている。


力の出し方は、オリジナルのデータを反芻しさえすれば容易なことだ。
両の掌を合わせ、手の平にある神力制御装置を作動させる。体内から放出される神力を一定の箇所に留めて置く、意識を散漫にさせないよう集中する。
こんのすけが隣でモニターを叩き、神力の力場が私の手のひらの中で安定していることを告げてくる。
暴発しないよう、形成した神力を『霊力』に変換させ、刀匠が用意した一振りの刀に合わせる。どっと疲労感が押し寄せてくる。センサーアイが勝手にシャットダウンしそうになるのを何とか堪え、排気する。後は任せる、と刀匠に伝えると、刀匠は頼もしげに頷き、刀を打ち始めた。
顕現してくる付喪神は、此方で選別できない。



『! 審神者さま、来ます!』
『ッ!』



朦朧とする意識を浮上させ、顔を上げると刀匠に任せた刀が光を帯びていた。
パァッと、鍜治場全体に眩い光が差しこむ。キラキラと光る光の粒子は、先程私が精製した霊力の残滓だろうか。
そして刀が、姿を変える。光の中から現れ出てきたのは―――




「――わしゃあ、陸奥守吉行じゃ。 ……おんしゃあが、わしの主ながか?これはぁ… まっこと驚いたぜよ!まさか、人じゃないがやとは予想もしとらんき!」


まばらにはねた髪の毛。伊達に着崩した格好。人懐っこそうな笑顔。
これが、坂本龍馬の愛用した 陸奥守吉行か。


『……ああ、私がお前の新しい主になる。陸奥守吉行……お前が私の最初の刀だ。どうか、私と共に戦ってくれ』
「 えいにゃあ、おんしゃあ。わしは気に入ったぜよ!"審神者"ゆうがやろう?どんなモンかや思うちょったら、銃や大砲よりも"びっぐ"なことしちゅう!」


良かった。
まず私の脳裏に浮かんだ感想はそれだった。
どんな付喪神がやって来るだろうと心配になっていたことをここに正直に告白する。
しかしこの陸奥守吉行が最初であったことは幸運だろう。元の主が坂本龍馬であった点も考慮したい。日本を救うという私の使命は、彼の主だった男と通じるものが少なからずあるはずだから。



『…こんな私だが、よろしく頼む』
「おお、わしに任せちょき! 一緒に世界を掴むぜよ!」


陸奥守と視線が合わさるように跪く。私のその行動にこんのすけは少し怪訝な表情を浮かべたが、陸奥守は最初の笑顔と何一つ変わらない表情で手を差し伸べてきた。

握手。
それは私の、"人間と同等の存在である神"と交わした最初の接触だった。


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