とうらぶ | ナノ
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心配しないでよ、万能薬だよ


「……なぁ、御手杵はどっちだと思う?」
「……わ、分っかんねぇ……」
「だよな……!!」


万屋店内で、『薬品』と掲げられた棚の前で顔を揃えて唸っている獅子王、御手杵の姿は、店主や買い物客から見ても酷く不可解なものに見えているのだろう。何故なら二人は、一時間前からそうやって立ち往生しているのだ。
棚に陳列されてある薬瓶の一つを手に取ってみては、「分かるか?」「分かんねぇ」と問答を繰り返して戻す。
豪奢な見た目の獅子王と、背の高い御手杵たちが衆目を浴びるのは必然だ。なるべく早く目的の薬を買って万屋を出たい。だがどうにも駄目だった。お使いだ!と意気込んで、意気揚々と屋敷を出発した時は、よもやこのような試練が立ち塞がるとは思ってもみなかったのである。




「俺、漢字なんか読めねぇよー!!」
「俺だって自分の名前ぐらいしか読み書き出来ないって!」



横目でチラチラと二人の様子を見ていた店主はそこで派手によろめいた。他の客も同様の反応をしている。

そんな周りの様子など目にもくれていない獅子王は、半ベソまじりの表情で「どれだよもうー!」と薬瓶を次から次へと、意味も無く入れ替えている。



「早く戻んないと、今この時にも主が苦しんでるってのにさー!」









主である審神者が、難病に罹っているのでは決してない――昨夜、小狐丸の作った夕食があまりにも美味であった為、平時の三倍の量をお代わりしたせいで起きた腹痛だった。
胃がキリキリと痛み、針を刺すかのような刺激に布団から出れずにいる。
主の異変に最初に気付いたのは隣の布団で寝ていた獅子王で、その青褪めた主の表情に獅子王はこの世の終わりのような顔で「どうした主!?」と駆け寄った。朝餉の用意をしていた小狐丸も、朝の馬当番のため早起きしていた御手杵も、その声に釣られて顔を覗かせる。


「大丈夫か!?どっか痛いのか主!」
「う、うぅ…し、獅子、王」
「おうなんだ!?」
「…じゃなくて、小狐丸…」
「! はい、ぬしさま」
「えっ、俺じゃないの!?」

「胃薬の買い置きって、してあったか覚えてるか…?」
「それは存じておりまする。一昨日に薬品の点検をした際には、瓶の中は空で御座いました」
「俺も見たぜ。やけに湿布ばっか取り揃えてんなーって気になった」
「あー…やっぱかー…必要に駆られなかったんで長らく放置してたんだった……湿布はほっとけ。俺も年なんだ」

――やってしまった。険しい顔つきになった主に慌てて問いかける。

「なんだ!?何が無くて主は困ってるんだ!?」
「胃薬ですよ、胃薬」
「いぐすり?」
「ああ……………………」

そう呟いてから主は一段とまた険しい表情を浮かべた。胃痛に悶えているのだ。お代わりをし過ぎた自業自得とは言え、「寝てれば治るよ」と突き放すような主思いでない者はこの場にはいない。
小狐丸は傍らに駆け寄り、「ぬしさま、湯を沸かしますので一度入られてはいかがでしょう?」と提案する。主はそれに賛同した。二人が行動を開始する。主の肩に手を回し、体を支えながら歩く小狐丸。主は立っても痛みが断続的に続くようでしかめっ面のまま寝室を出て行こうとしている。
自分たちも何かしなくては。獅子王と御手杵の意思が一つとなった時、口から言葉は出ていたのだ。


「じゃあ、俺たちでその"いぐすり"って奴を買いに行ってくるぜ!」







提案したときは妙案だと思った。直後浮かべられた主と小狐丸の「えっ、本気?」と言うような表情が何を意味していたのか、今なら分かる。この事態を二人は想像していたのだ。


あれから一時間だ。湯船に向かった主もとっくに出ているかも知れない。


「…もう何でもいいから、それらしい物を買っとくってのは…」
「駄目だろ!主から貰った小判を無駄遣いしてみろ、ドヤされるに決まってらぁ!」
「確かに…!でもじゃあどうす、」


「胃薬用の薬瓶なら此方になりますが…」



遠慮がちに横から伸びてきた手が一つの瓶を手に取って獅子王の前に差し出した。
さっきからずっと、様子を窺っていた店主だ。
小柄かつ年配の男性店主は、豪奢な二人に気後れ気味だった。だが


「本当か!?ありがとう、じっちゃん! これでうちの主を元気にしてやれるっ!」


後に店主は語る。
その時の獅子王――少年の笑顔は、まるでお天道様のようであったと。



獅子王が店主の手から薬瓶を受け取り、「これ代金な」と御手杵がその手に小判を握らせる。呆然としている店主のことはもう目に見えていないのか、


「よっしゃ、早いとこ屋敷に帰ろうぜ御手杵!」
「おう!そろそろ主の胃が捩れてるかもだしな」
「んじゃ帰りは御手杵が俺を肩車してダッシュで帰ろうぜ!したら早い!」
「なんでだよ!?普通に走ればいいだろ、走れば!」


騒がしい二人は店から出ると本当に猛ダッシュで市街を駆け抜けて行った。
後に残った店主はぼんやりと呟く。



「…お代金、足らないんですが…」









そして屋敷では、ようよう帰って来た二人の姿に
「"はじめてのおつかい"に出す親みたいな心境にさせんなバカどもー!!」
と安堵した主の一喝が飛んだ。買って来た胃薬はしっかりと利いた。獅子王は満面の笑みでこう言う。

「そんなに褒めなくていいぜ、主!」


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