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歌仙兼定


/破壊の淵からも 生きる為に足掻く歌仙
















人間は、今際の際にこそ歌を詠む。

辞世の句。

人生の終わりを短な言葉に閉じ込める。
身に降りかかる"死"を受け入れる人の何と儚く、いじらしいことだろうか。
三十六歌仙、ただの刀であった時には分からぬものだった。
けれど今ならば解る。

筆が、欲しい。誰か、紙を ここへ





 嗚呼、けれど 此処で言葉を遺して折れることよりも

生きて、斬らねば成らぬ敵がいる。
生きて、食せねばならぬ味があるのだ。
生きて、触れねばならぬ文明があるのだ。
生きて、聴かねばならぬ歌があるのだ。
生きて、詠まねばならぬ人の言葉があるのだ。
生きて、帰らねばならぬ場所があるのだ。

生きて、   見なければならぬ、 庭に咲く、 主と植えた 牡丹の花







「………、……ふ、」


ほうら見ろ。まだ僕には未練しか無いじゃないか。

 再度開いた瞼の奥に、本丸で帰りを待っている皆の姿、そして笑顔で送り出す、主の顔




「………ぐ、ッ!」

投げ出していた手で、地面に指を突き立てるようにして土を掻く。罅割れた爪が触れ、探し当てた本体。柄部分を掴み、一気に手元に手繰り寄せる。荒い息のまま、首の痛みを堪えながら顔を横に向けて本体の状態を確認する。
 刀身の半ばから切先にかけて、刃が折れている。人間で言えば、腹から上がもげたような状況だが、半分でも刃が残っているならば、刀にすれば辛うじて"生きている"と言ったところだ。いや、現に僕はまだ壊れてはいないわけだから、生きている、そう 僕はまだ、生きているんだ。終わってなどいない。

何処かへと飛ばしていた筈の鞘は、本体と寄り添うようにして落ちていたのが幸いである。鞘を杖代わりに、ようよう身を起こした。剣戟の音は、まだあちらこちらから聞こえている、戦いは続いている。いま、 加勢を、いや、




「―――歌仙!!!」


切迫したような大きな声 白装束をボロボロにし、あちこちに血を付着させている鶴丸国永が僕の姿を認めると、一目散に駆けて来た。追従してきた敵の太刀を斬り捨てながら。


「君、無事だったのか!!  よくそんな傷で、まあ」

「は、はは… いや、自分でも、自分の胆力の強さに吃驚してるよ」

「お守りは…持ってなかったよな。いや、それにしても、驚いた。君の胸の牡丹が俺の目の前に落ちた時は、さすがに目の前が真っ暗になったぜ……。 立てそうか? 立てそうなら他の奴らと合流するが、無理そうなら俺が行って呼んで来るから此処で待ってな」


 歩くのは、無理そうだった。すまない、と首を振ると、「何の気にするな。しかし、よかった」再三、胸を撫で下ろした鶴丸は、他の部隊の者たちを呼び集めに行った。

 手が、足が、がくがくと震える。どうやっても、呼吸が整わない。視界の焦点が合わず、何もかもがぼやけた靄のように見える。 死だ。間違いなく今僕のすぐ隣には、死が立っているのだ。油断や隙を見せれば、一瞬で掻っ攫われてしまいそうな、そんな恐怖をすぐそばに感じている。動悸が早い。息を吸うたび、腹部に違和感を持つ。血が溜まっているのだろうか。溢れ出そうとするそれを 必死に塞き止める。

 気がつかなかったが、足元に、牡丹の胸飾りが落ちていた。花弁が散り、結った紐は真っ二つに切り裂かれていた。



「………、…………」



 あるじ。 だいじょうぶ、僕は生きている。 帰るよ、本丸へ。


君と植えた、あの花を見たいんだ。






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