/青江と審神者がそういう仲
本丸の夜は暗い。ネオンの光も、車のライトやテールランプの光もない。就寝のために各部屋が灯りを落とせば、後は月の光が静かに照らすだけだ。隣人の表情も見えない、とはこのことだろう。おかげで、夜空は現代よりもよく見える。
「――何を見ているんだい?」
「星を見ていた。日中晴れていたから、よく見えるなと」
「へえ 確かに、こうして見ると金平糖みたいで可愛いよねえ」
夜半の空気は冷える。薄い掛け布団を羽織ながら隣にやってきた青江も、頬杖をついているそこが、普段の白さよりも幾分赤味がかっていた。
「それにしても、見事に何も見えないねぇ。中庭が一面、底なし沼に変わったみたいだ」
「言えている。うっかり足を踏み出せば、真っ逆さまに落ちてしまいそうだ」
「もしそんなことになったら、手を伸ばした方がいいかい?」
「ああ、そうしてくれ」
ふふ、了解だよ、ちゃんと掴んでね。口に手をやって笑う青江は楽しそうだ。いや、大体青江は夜になると元気になる。彼曰く、興奮するのだとか、色々と。軽く聞き流しておいた言葉だが、このタイミングで思い出すのは些か野暮なように感じる。
夜気が疲れている身に堪える。そろそろ戸を閉めよう、と手を動かすと、青江が「でも」と、声を間に立ててくる。
「もし主があの桜の木の下に立っていたら、幽霊と間違えて斬ってしまうかも知れないね」
青江の指差す方向。本丸一大きな桜の木は、陰が落ちているせいで幹や根元にいたるまでどんよりと暗い。確かにあそこに立っていれば、霊と見間違われることも已む無しだろう。
「斬られるのは困る。あそこには立たないようにしよう」
「ふふ、僕も主を斬りたくないよ。まだまだ君に触れたりないからねぇ」
薄い掛け布団を床に落とし、露出した生身の腕をそのまま俺の首に回しながら、青江は 暗がりでも分かるほど妖艶な笑みを形作った。
薄いが引き締まった上半身を摺り寄せながら、耳元に息を吹き掛けては俺を誘う。やれやれ、まだし足りないと言うのか、この刀は。
「やるのは構わんが、本当に身体の方は大丈夫なのか? 昼に重傷を負ったんだ、今日ぐらいはこのくらいにして休むことに専念するのが…」
「問題ないよ。それに、君が触れてくれる方が、傷が癒えていくような気がするんだよねぇ。これも君の力なのかい?」
「いや…聞いたこともないが」
「そう。じゃあこうなっちゃうのは僕だけってことか。ふふ、存外気分のイイものだね」
――青江の青と赤の両の眼が、此方を掴んで離してくれない。
間違いなく、相手に骨抜きにされているのは俺の方なのだ。
明日、目が覚めたとき、俺の身体が白骨と化していてもきっと驚かないだろう。
青江はそんな俺を見ても、笑って骨を胸に抱いてくれそうだ
墓場が遠くなった
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