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獅子王


/病弱主




 己の病弱な身体を呪った事など数え切れぬぐらいあった。何故このような身体で生まれてしまったのか、何故自分がこのような身体でなければならなかったのか。こみ上げて来た血を掌に吐き出し、そのあまりの暗赤色ぶりに苛立ちが募り、ストレスでまた器官を痛めて血を吐いてしまう。悪循環とは正しくこのことだ。きっとそう、永くは生きれまい。持て余している霊力もやがては心身と共に衰退してゆく。本丸内の私室にいつも敷かれているこの布団の上で。開けた障子から見える、四季折々に花や実をつける中庭を見ながら。
病状が悪化してからは、碌に出陣も遠征にも出してやれていない。
刀たちは皆、退屈な思いをしていることだろう。彼らを各時代に送り出す霊力はある。だが、気力がない。霊力を纏める集中がすぐに切れ、本丸と、彼らとを繋ぐ糸が断ち切れる。あまりにも不安定な状況で送り出すことは、何か不測の事態を招く恐れがあるからそれが叶わないのだ。
 刀を振るわない、戦場にも出せない、役立たずな主だと、思われているだろうか。
政府から見限られるのが先か、刀たちに見捨てられるのが先か、はたまた全てを置き去りに、私が死ぬかの競争、いや、根競べか。ずっと、何もかもを投げ出したい人生だったのだ。此処へ来て、己を取り巻く環境が変わろうと、その思いは変わらない。口から言葉を発するよりも血を吐くことの方が多い私には、当然のごとく。
 ゴホゴホ、カハッ
…ああ、また、寝装束に血をつけてしまった。洗濯をしてくれる子たちの手間を増やしてしまう。
手近にあった水桶の中に血を受け止めた手を浸し、用意されていた清潔な手拭で手を拭いていると、廊下の向こう側から慌しくも元気のよい足音が聞こえて来たので反射的に時計を見た。いつも通りの時間だった。


「爺ちゃーん!朝だぜー!」

「お早う、獅子王」


開けていた障子の縁を掴み顔を覗かせた獅子王が大きな声で、いつものように挨拶をする。朝の光を浴びて輝く彼の黄金色の毛髪の下にある顔は今日も快活な笑顔だ。この笑顔を見ると、また一日が始まったと理解するし、まだ死んではいないなと落胆をするし、そんな風に私も笑えたらと羨ましく思ったりもする。

「今日も朝御飯食えそうかぁ? 歌仙が鮭の茶漬け作ってくれてっけど」
「……いや、今日も先程 血を吐いてしまってね。止めておくよ」
「………そっかよー。美味しく作れたから、って歌仙、ご満悦そうだったのに。昨日は久しぶりに主と夜食を皆で囲めたのが楽しかったから、ちょっと欲張りになっちまったぜ」

恨みがましくも、非難するでもない獅子王の言葉が、一番心に刺さるものだ。どうしようもなく、謝りたくなる。なきたくなる。こんな身体で、申し訳ない。こんな身体の男が新しい主で、本当に申し訳ない。 ああ、また、ココがいたい。逆流する、逆流する。本来の流れを無視し、上へ上へと、暗い赤が、また。

 獅子王と目を合わせられず、視線を逸らした先で、眼があった。獅子王の肩で眠る、鵺の眼だ。
薄く開かれた眼がじっと私を見ている。じっと、じっと。

恐らく錯覚に過ぎないだろうが、私はかの声を聞いた。

――望むのなら、今すぐ喰らってやろうか

頷きそうになったそのあまい誘いを知らぬ獅子王は、
「爺ちゃん、大丈夫か?」と顔を覗き込んで来る。
「危ないよ」と、いつものように壁を置く。
もう、横になることにした。このまま起きていても、歌仙が作ってくれた茶漬けは食べられないし、獅子王の望みを叶えることも出来ない。
 だがそれでも、獅子王は。

「 へへ、まーた『危ないよ』って言って俺を遠ざけて、独りでいようとしてるな?だーかーらー、そんなの心配しないでいーんだってじっちゃん! 俺は獅子王サマ、泣く子も黙る名刀だぜ? 人間の"病"ってのは人間には移っちまうんだろうけど、刀である俺には人間の病気なんか罹りっこないんだ。こう見えて付喪神でもあるし?な! つーワケで、俺は今日も一日、近侍として爺ちゃんのお世話するからな!」

やはり、泣きたくなる。背中を向けて横になった私にかけた獅子王のその言葉が、どれほどの救いを与えているかなどこの子は絶対に分からないのだ。
 何故なら、「人間」ではないから。
「人間」ではないから、「病気」というものの危うさを知らないし、
「人間」ではないから、「病気」を患う人間の心の虚も知らない。
病に斃れる人間はその刃生で多く見てきたとしても、本質に触れぬことには理解出来ないのだろう。
 だからこそ、縋りたくなってしまう。
病に蝕まれ、死んでしまうその日まで、どうか傍にいてくれないか、と。
同じ「人間」相手には到底言えない懇願を 神様にしてしまう。
詰られることも、疎ましがられることも、謗られることも、忌避されることもない。
神はこの日も、朗らかな笑みを浮かべながら、

「容態が落ち着くまでは暫く横になっとけよ、じっちゃん。俺はここで見てるからな!」


吐血



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