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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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燭台切光忠


本丸内で特にそれぞれの時間を事細かに定めているわけではないのに、刀剣男士たちの生活リズムは規則正しすぎる。
ここで近侍である燭台切光忠を例に取ってみよう。
光忠の毎日の起床時間は朝の6時。そして就寝時間は夜の9時。
朝の6時 夜の、9時

「ありえない」

2205年代の日本人の平均的な睡眠時間は約3.9時間
2000年頃から問題視されていた労働環境の苛酷さ、就労時間超過、サービス残業など、所謂ブラック企業の撲滅は現在も成されておらず、家に帰り着けずに職場で仮眠を取る人間が増えたことで打ち出された平均時間。
2150年頃からは劣悪な仕事環境と生活リズムにより身体を壊す人間が増え、その人々が病院に行くこともしない、と社会問題にもなったほどである。
日本人の平均寿命が年々少しずつ低下して行っている要因もここにあるだろう。

俺は、これが、普通なのだと思っていた。数値やグラフが示す問題も気にしていられない。そう、なんせ俺は2205年に生きる現代人

「だから、ありえないよ! 主クンの生きてる時代ってそんなに酷いの!?信じられないな!」

ありえない、ありえない!と顔を青褪めて慄く光忠は本心から驚いているらしい。

「うん、俺も審神者になってから初めて"そういうこと"がおかしいんだなって思った。お前たちを見てよく学んだ」

政府から審神者業を任されるようになる前は、俺は一般的な運送業者に勤務していた。荷物を輸送する作業は全て専用の飛行ドローン、無人輸送車が行うが、その機械を24時間モニター管理する仕事だ。毎日ブルーライトを浴びながらの作業で眼が疲れて、眠るとか起きてるとかそういう次元にいなかった。目を閉じていても開いているような感覚だったと言えば分かりやすいか。でもそれが日常だった。まさか、審神者なんていう寝耳に水、怪しい宗教団体のような仕事に就いてからの方が余程自分の身に良いことになるとは思ってもみず。


「光忠が毎朝6時に古き良きベル型の目覚まし時計をかけてるから、その音が俺の部屋にまで届いてきて眼が覚めるんだよ」
「主の私室と、近侍が寝泊りする部屋は障子一枚で隔ててるだけだからね」

「お前、毎晩9時に「じゃあ僕そろそろ寝るね」って言って引き上げてくだろ。ちゃんと一日分の仕事量をきっちりと終えてからな。で、近侍がいなくなって仕事もなくなって、あとやる事もない俺は「光忠が寝たし騒がしくするのも部屋に明かりつけてるのもよくないな、俺も寝よう」ってなるだろ。そしたら俺も毎晩9時に寝ることになるだろ」
「それ、僕の狙いどおりだね」
「まじか」

おかげさまで、俺もすっかり規則正しい生活リズムを送る者たちに仲間入りだ。
早起きして本丸の庭や境内を掃き掃除している蜻蛉切や長谷部に交じるようになったし、
現代では一日一食しか食べなかった食生活が、朝から頬が蕩け落ちそうなぐらい美味しいご飯を作ってくれる器用な刀剣たちのおかげで三食きっちり食べるようになったし、むしろ美味しい朝御飯を食べたいという、早起きするための目標が生まれたぐらいだし、
現代にいた頃していた深夜の自棄酒や、寝酒の習慣が消えて、まだまだ風呂の扱いに不慣れな短刀たちと風呂に入るようになってからは身体を清潔にするよう心がけるようになったし、

「なんか身体の血流が良くなった気がする」
「けつりゅう? それはよく分からないけど、君の身体が健康になって来てるのはいい傾向だよ。体調管理をちゃんとしてるのも格好良いからね!」

ニコニコ。何がそんなに嬉しいのか、光忠は両の頬を薄っすらと紅潮させた。

しかし、光忠はさっき、「それは僕の狙いどおりだね」と言った。つまり、それは俺のタメになることだと分かった上で狙ってやっていたということか?
なんということだ……俺の近侍が今日もヘルスケアーマンすぎる……。

「光忠」
「? なにかな、主クン」

「この世に存在しててくれてありがとう」

「そ…!」

そそそ、それほどの事でもないよね!? 両手をブンブンと振って光忠は否定するが、いやそんなことはないし、たとえそうだったとしても俺は言いたい。心の底からありがとうを。規則正しい生活を送ることが人生にどれだけの輝きを与えてくれることなのか、ということを


「俺、この戦いが終わって現代に戻ったら、お前の模造刀買っちゃうかもしれない…」
「えっ」
「お前たちが周りからいなくなっても規則正しい生活送るために、模造刀をお前だと思って自分をきちんと律することにするわ」
「…う、うん…」
「一時でもお前の主だった男として、カッコいい人生送るようにするからな!」
「そ、そっか。うん、それは、いい心がけだと思うよ主…」
「うん、うん」
「……、……」
「…ん? 今なにか呟いたか?聞こえなかっ…」
「…ううん、何でもない。気にしないで、主クン」
「? そうか?」
「……」















「主くんのばか」









………え? 
いま、光忠にバカって言われたぞ……な、なぜに…




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