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へし切長谷部


今日は今朝から靄が立ち込めるほどの雨となった。午後を回っても雨脚は弱まることはなく、静かだが力強い雨音が本丸全体を包み込むようにして降り注いでいる。
この雨に因って昼から行うはずだった畑当番や、馬の世話などの予定のキャンセルを余儀なくされ、出陣や遠征組だった者たちも一旦出発を見送った。急がねばならない事でもない為の判断であろう。かくして、非番となった刀剣たちは急の隙間時間を如何様にして過ごすかを思案するのだった。

へし切長谷部も、その内の一振りである。

予定されていた出陣が無くなり、変に時間の空いた今をどのように送ればいいのか、彼には皆目検討がついていなかった。昼間から呑むぞと集まっている次郎太刀や陸奥守たちのように長谷部には好物らしい好物はない。主から貰ったクレヨンで絵を描く短刀たちのように趣味があるわけでもない。
なので主のお手伝いをしていようと、その姿を捜して半刻ほど本丸を歩いているが、主とまったく出くわせずにいる。外はこの雨、ならば中にいる筈だと言うのに、一体何処へ行ってしまわれたのか。
擦れ違う刀剣たちに訊ねてみても、皆一様に「見ていない」と答えるばかり。
この時にも、時間は無作為に過ぎて行っている。
 ああ、だがそれで構わないのか。主を捜すために費やしているこの時間も、自分の為になっているような気がした。

あと、見て回っていない場所は何処だっただろう。
ずっと、主が普段よくいる場所のみを目指して歩いていたが、ここらで少し場所を変えてみるべきか。それとも、もしかして主との間に、奇跡的なまでの擦れ違いが起きているのではないか。
一旦、見て回った場所に戻ってみようと踵を返した長谷部の前方から歩いてきたのは、今、正に思考の中心にいた主その人だった。


「主!」

「おぉ長谷部、やっといたな」

「? まさか、俺をお探しでいらしたので?」
「いや、さっき廊下で擦れ違った御手杵が、長谷部が俺を探していたぞと教えてくれたんでな、俺を捜す長谷部を探してたわけだ」


なんだそうでしたか。胸を撫で下ろした長谷部に、「それで、用件はなんだ?」と審神者は訊ねる。主を探していたことが用件ではない、なにか用を貰おうと探していたのだ。
「出陣が無くなりましたので、何か主の手伝いが出来ればと思い探しておりました」
「そうか。手伝いねぇ」
特にこれと言った用向きは今はないのかも知れない。思案する主の顔は、どうしたものかと言った色が出ていた。


「…一つ、頼みたいことがあるでもない」
「! 何なりと仰ってください、主」
「うーん、だがなぁ。この雨だしな、お前に頼むのは気が引けるな」
「…? 雨が降っていると、俺には果たせない命なのですか」

「ああ、実は万屋に行こうと思ってな」

可及的速やかに必要な物があるわけではないが、細々とした生活用品が物の見事にタイミングよくストックが切れてしまったので、それを買い足したいのだと。

「それでもし今日が晴れていれば荷物持ちをしたいんならお願いしたんだが、雨じゃお前たちを連れては行けんからなぁ」


――刀剣男士たちが本丸の外へと出かける際は、どのような場合でも常に帯刀せよとの取り決めである。本丸のある別次元空間から、政府の認可の下りている万屋のある時空へ向かう際も同様で、いつ何時あるかも知れない遡行軍の襲撃から主を守る際に刀が無ければ話にならない。
だが人間の姿を取っている彼らも本来は刀であり、湿気、水気のある場所へは本体である刀を極力近づけさせないことも重要であった。
戦場への出陣時は審神者がその千里眼を持って天候の流れを読み、雨や雪を避けて行軍する。遠征時にも同様だ。
つまり刀剣たちは主の計らいにより、本体を持ったまま、雨の中を歩いたことは顕現後一度もないのである。


「…、…直接雨に打たれなければ、鞘もあることですし問題はない気もしますが…」
「うーむ…刀自身が言うと大丈夫そうな気になってくるが、取り決めは取り決めだし、万が一があってはならんからな。……もし本体の刃が錆び付いてしまったとして、お前たちの身体にどんな影響が起こるのかは…」
「…興味がある、ですか?」
「へへ、悪いな、当たりだ。まあ、勿論せんよ、そんなこと。大切だからな、お前らのことは」
「!」


 その言葉を頂けただけでも、充分すぎるほどだ。

「主」
「ん?」

出かけましょう、主。 ええ、大丈夫です。

「ほら、先程よりも雨脚が弱まってます。この程度の小雨ならば、大した問題にはならないでしょう」
「…長谷部、そんなに俺と出かけたいのか?」
「はい。 この雨量でもまだ心許ないのであれば、本体は私が抱き込んで運びましょう」
「え? 刀を? …ははは!抱き込んで運ぶのか!」
「ええ。まとわりつく湿気も打ち払ってみせますよ」
「ふっ! いいぞ、それ!なんだ、刀を抱え込んで歩くお前の姿、想像しただけでも大分可愛らしいな!」


口を突いて出たその言葉は慣れない冗談半分、本気半分だったが、主は目尻に涙を溜めるほど喜んでいる。その主の笑う顔に、これまで感じたことがないぐらいの気恥ずかしさに長谷部は襲われた。


とにかく、主は長谷部を連れて万屋へ向かうのだそうだ。

本丸にある番傘は、一つは折れていて使えない。もう一つは穴が開いていて使えない。
なので主は一番大きな番傘を一つ手に持って開くと、「おいで、長谷部」と自分の隣へ入ってくるよう促した。早足で駆け寄り、「…失礼、いたします」主と肩を並べるようにしてそこへ収まる。宣言通り、長谷部は本体である刀を両腕で抱え込む。長い柄が番傘に当たり、慌てた長谷部を見て主はまた笑った。


「長谷部の珍しい姿が見れた。 雨の日もなかなか棄てたものじゃないな」


それは一言一句、丸々長谷部の言葉でもあったのだった。





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