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三日月宗近


俺は、妻を殺された。歴史修正主義者の手によって『存在』を『抹消』されたのだ。
歴史修正主義者たちが変えた歴史の中に、彼女の先祖が生きていた時代があった。それを書き換えられ、彼女のご先祖は互いと出会わず、結果として彼女の母親が生まれず、妻となる女も生まれなかった。


「"アイツら"の根本的な恐ろしさは、この本丸の中じゃ俺がいっとう知ってるんだろうなあ」


嘘みたいだった。昨日までは言えていた「おはよう」が、今日には言えなくなっているというのは恐怖でしかない。己一人だけとなり、もぬけの殻となった新居にはもう住めなかった、住みたくなかったから、政府からの要請で審神者業を勤めることになったのはもしかすれば救いだったのかも知れない。
同居人はみな刀だということに目を瞑れば、大勢での共同生活は妻を失った苦しみを忘れられるようだった。
だがしかし忘れすぎてはならない。

この戦いにおいての俺の本懐は、『妻のいた時代に現在を修正し直すこと』に相成る。

果たしてそのような事が可能なのか。
一度変えられた歴史を 再び戻すことなどできるのか。
そも、俺の抱いている望みは、規律に違反していないか。
歴史を変えさせない為に戦っている刀剣たちの中で、俺だけがそれに背いているのではないか。
俺だけが
俺、だけが

人間である、俺だけが









「変ではないさ」





三日月が笑う。
ずっと黙したまま俺の話に耳を傾けていた三日月は、「変などではないぞ」と繰り返す。


「しかし、だ。主から人の体を賜ってから、知ったことがあるのだ」

手に持っている緑茶の注がれた湯飲みをじっと見つめながら、「"人間"とは複雑だ」
決して強い口調ではないのに、部屋中に凛とした声が響く。その横顔には、呆れとも諦めとも笑いとも取れぬ表情が浮かんでいる。

「俺は生憎とまだ"人間を愛するとはどういうことか"を勉強中の身故、その辺の感情の機敏については分からぬが、"大切なもの"とは幾つ時が流れようと早々忘れえぬものだ。 そうであろう? 俺だってそうだ。 だが、忘れられないからと言って、それに囚われきってしまってはならない。 大切なものを大切にすることは良いことだが、大切なものを新しく作ることだって良いことだ。 そう思いはしないか?主よ」

今度ははっきりと分かるほどの笑顔を三日月は見せた。

「…三日月には、新しく大切なものが作れたのか」

「ふむ、質問に質問で返すのは感心しないが……。主よ、そなたも中々にひどい男だな?」

「…ん?」


「なるほど、これが"片思い"というやつか」


不思議な感覚だ。胸のこの辺りがやけにムズムズするな。ははは


今度は声を上げて快活に笑い出した。先程から、三日月は楽しそうだ。湯飲みを見ているときは憂うような顔をするのに、俺の顔を見れば眦を下げる。今は少し眉の方を下げ気味ではあるが。


……ん?




「…え? ちょっと待て、三日月、いま片思いと言ったか」

「ああ、言ったな」

「お前が、俺にか」

「ははは、そうだな」

「……お前が、俺にぃ!?」

「ははは、受け取ってくれ?主。天下五剣の初恋は"れあ"だぞう?」


冗談ならば笑えない、いつものようにからかっているのなら勘弁してくれ。そう思っていたのだが三日月は冗談でもジョークのつもりでもないらしい。ちょっと待て、本当に


「あ、あのな三日月、俺は人間で、お前は神様なんだぞ」

「うん、そうだな」

「それに、聞いてたとは思うが、俺には妻がいてだな」

「 おおそうだ! そのことでまた新たに学んだことがある」

「な、なんだ」


湯飲みを置いた三日月は畏まった様子で正座をし、すっと俺の方に膝を寄せた。
つい、気持ち程度に体が仰け反ってしまう。



「そなたが妻とやらについて話している姿を見ると、なにやら胸のこの辺りがもやもやするんだが、これが"ヤキモチ"という奴だろう? 合っているか、主?」



もう、頼むから、ちょっと落ち着いてくれないか三日月さんよ




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