とうらぶ | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
小狐丸


私がぬしさまの部屋に呼ばれた理由は分かっている。
いつもならば構っていただける、毛を梳いてもらえる、と期待に胸を躍らせているところだが、今日ばかりはそういう訳にもいかない。


「最大練度到達、おめでとう小狐丸」

「……ありがとうございます、ぬしさま」

「日々の鍛錬と、数々の出陣を積み重ねてきた結果だ。誇るといい」
「…………」


「想像通りの"面白くない"と言った表情だな」
「当然にございまする!」


そう この小狐丸 ぬしさまの許で、ぬしさまに褒められるため、ぬしさまからの毛梳きのため、日々尽力し続けた結果、昨日ついに練度を最大まで極めてしまった。
通常ならば間違いなく喜ぶべきところだ。研鑽は嫌いではない。無論、ぬしさまからのお褒めの言葉も、毛が震えるほど嬉しいこと。
しかし、そう、しかしだ。


「…それではこの小狐、第一部隊の任を下り、後続の三日月にその席を譲り」
「ああ」
「石切丸、にっかり青江が配属されている第二部隊へと回り、」
「ああ」

「これから毎日"鎌倉防衛戦"に遠征し、手伝い札を集めろということですか!」
「そうだその通りだ」
「嫌でございまする!!」
「言うと思ってた」


したり顔で頷かれましたが、小狐の心境は荒れ狂う海原のようです。
私は戦に向かい、戦果を収め、誉を取って帰還したあとのぬしさまの労い(毛梳き)を楽しみにしていると言うのに、遠征では誉を取ることができません!


「殺生なことをしないでくださいませ、ぬしさま!」
「まあ落ち着け小狐丸。お前がそう言うことは自明の理。ちゃんと代替案を考えた」
「………と、申されますと」

ふふん、したり顔で笑ったぬしさまが二本の指を立てられた。

「遠征から持ち帰ってくる手伝い札の数掛ける30分、でどうだ」
「………」
「どうだ」
「……? あの、ぬしさま、もう少し分かりやすく…」


「つまりお前が持ち帰ってきた手伝い札の数掛ける30分、最大数の2枚を持ち帰ればトータルで一時間、俺を独り占めする権利をそれに付与してやろうじゃないか。毛を梳くのでも頭を撫でるのでも抱擁でも何なりとしていいぞ、どうだ?多少はやる気が出たんじゃな、」
























「愚図愚図するな石切! 青江の! 早う出立準備を整えんか!!」




「……なぜ小狐丸君はあんなに張り切っているんだい? 彼、確か第一部隊を下ろされることを嫌がっていた筈じゃないか」
「…分からないよ。さっき突然 主の部屋から飛び出したと思ったらあんな調子なんだ。加持祈祷中だったのに追い立てられて…」


それに何故か、小狐丸からかすかに邪念に似た気を感じるのだが気のせいだろうか?

胡乱な眼差しで小狐丸を見る石切丸に、青江は「さてね」と肩を竦めて笑った。
何であれ、第二部隊としては新任となる隊長がヤル気を見せてくれているのであれば願ったり叶ったりなのだ。
小狐丸のヤル気がある内に、さっさと遠征に出発するというのにも青江は賛成である。

遠征用の馬の鞍に荷物を乗せていたところへ、真剣な目つきをした小狐丸がにじり寄って来るまでは。


「青江の」
「! な、なにかなもう。ビックリさせないでくれよ」
「お主の偵察能力を存分に活かしてもらいたいんじゃ」
「…?勿論さ、鎌倉の戦場では期待しててくれてい、」

「鎌倉の地にて落ちている手伝い札を、隈なく探して見つけるのだぞ!!」
「えっ?手伝い札?」
「独り占めのためじゃ!!」
「独り占め??」


――やはり小狐丸から感じた邪念は気のせいではなかったか。
石切丸はこの遠征の先行きを慮り、頭を痛めたのであった。



prev / next