「……………」
「…」
「…… ……」
「……」
「……主 先程から何をしてるんです?」
「お前の髪を弄っている」
「いえ、それは分かってるんですけどね…」
畑仕事の内番に一段落をつけ、縁側に腰掛けて休憩していた僕の隣に、主が座ってきたのが始まりだった。
「おや、近くに僕がいないから、わざわざ主自ら足を運んで来たのですか?」なんて嫌味を含めた言葉を「まあな」と肯定する。
相変わらず、何を考えているのか分からない人だ。
特に交わす言葉もなく、主を無視し黙って庭を眺め続けていれば、主が僕の背後に回ったのが分かり、
それでも悪意を感じなかったので放っておくと、硬い手が髪に触れてきた。
不愉快な手触りではない、なんて言わないけれど。
「……お前の髪は、やはり柔らかいのだな」
「…え?」
「いや、お前はいつも内番時に上だけ結って横の髪を結わないから、邪魔だろう、俺が結わえてやろう、と思っていたんだが、存外滑るぐらい柔らかくて、とてもじゃないが俺には結わえそうもない」
はあ 溜息の音。声音が、本当に「がっかり」と言いたげで、
そんなに僕の髪を……僕のことを気にかけてくれていたんですか、とうっかり訊ねそうになった。危ない、あぶない。
「あなたは不器用な人ですからね」と振り返らぬままからかえば、
「その通りだ。諦めるよ」と苦笑する声。
「では邪魔をしたな。残りの内番も、頑張ってくれ」
立ち上がる気配。
「ええ、いいですよ。どうぞ貴方は部屋に篭って長谷部と共に書類に追われていてくださいな」
そっと頭を撫でられる。廊下の曲がり角の向こうへと、去って行く足音。 奇妙な感情が胸の内に飛来して、それを飲み込みたくて仕方がない。
「……宗三兄さん、お茶、もらってきたよ」
「 ああ小夜。丁度よかった、ありがとう」
炊事場からお茶と茶菓子を盆に乗せて持って来てくれた小夜を労うと、
何かに気がついた小夜がじっと僕の頭を見つめてきた。
「どうしたんだい?」
「宗三兄さん、どうして髪に花を挿しているの?」
「え?」
そう言われ花なんて、と手を頭に回すと、なるほど、確かに結わえている髪の上部分に何かが刺さっていた。
「何でしょう、これ」
「…桜の花の、枝みたい。花が、3つ付いてる」
勿論、僕は挿してなどいない。 と、なれば
「………あの人は、本当に、何を考えているのでしょうね……」
「…? 宗三兄さん、頬が赤いよ。だいじょうぶ…?」
「 ええ、ええ、大丈夫ですよ小夜。何でもありませんから」
「それ、取らないでもへいき?」
「………ええ。まだ、このままにしておきます」
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