とうらぶ | ナノ
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へし切長谷部


「500回目の誉達成、おめでとう長谷部」

「ありがとうございます、主」


審神者と向かい合って平伏した長谷部の声には喜色が滲み出ていた。
それもその筈。出陣に於いて長谷部が誉を取った回数が、今日の出陣分でちょうど500回を迎えた。
本丸創設当初から長く第一部隊の隊長、及び近侍を勤めて来ていた長谷部が最初の500回達成者となったわけだ。後続する刀たちとは差を開けての快挙に、さすがの長谷部も表情にまで嬉しさを表している。


「――ただ褒め言葉をやるだけじゃお祝い感が薄いな。今日の夕餉の席で宴会でも催してもらうよう光忠たちに頼んでみようか?」
「い、いえ、さすがにそこまでの大仰な事は…」


慌てて顔を上げ両手を振って見せた長谷部には、"迷惑"ではなく"羞恥"という気持ちがあったようだ。 それにわざわざ「宴会」などという名目を引っさげずとも、夕餉の席につけば賑やかな他の刀たちが挙って長谷部の働きを褒めてあげるだろう。

「そうか? なら何か欲しいものをやろうか。」
「えっ」


欲しいもの、ですか。 復唱した長谷部の表情にはまた新しい「困惑」が。大方、達成したという報告を終えた後のことをそれほど深く考えていなかったらしい。


「そうだ、欲しいものだ。何か一つくらいはお前にも物欲は生まれているだろう」
「……それは、"どなた"から賜れる物になるのでしょうか」


探るような声色。はて、そんなものは決まっていようが。


「"俺"からだ。生憎、"政府"の連中はこのような祝い事のために資金援助なんぞしてくれんから、俺のポケットマネーから出すさ」

「 そうですか」


審神者のその返答に、長谷部は一瞬嬉しそうに声を出した。
しかし次の瞬間には主の所持金を使わせてしまうなんて、と遠慮を見せる。やれやれ、気にしなくてもいいんだ人の好意は素直に受けておいた方が相手の面目の為にもなるんだぞ、と説けばようやく長谷部は納得した。
「それでは」なんて言って居住まいを正す。長谷部の小さな口から紡がれた所望品は……――



「 主の写った、写真を 賜りたく存じます」



「……写真? 写真か?カメラでも無く?」
「はい」
「写真て…そんなものでいいのか? もっと高価なものでもいいんだぞ? 新しい筆とか万年筆とか、新しい時計とか」
「いえ、筆も、時計も、以前主から頂いた"主のお古"の品は大切に扱ってますので当分は替えなど必要ありません。ご迷惑やご面倒でもなければ、主の写る写真が、いいです」


やはり駄目だっただろうか。そんな様子で手をついたまま上目遣いで審神者の顔を窺ってくる長谷部に審神者もハッとした。そうだ、自分が何でもいいと言ったのに、何か別の物にしろと言いたげな口ぶりでは、ただでさえ物欲に対して遠慮がちな長谷部が考えを改めてしまいかねない。「分かった、いいぞ」やっと笑ってそう言ってやると、長谷部も安心したようで「有難う御座います」とまた平伏した。


「写真か。久しぶりに撮るな。しかしどうして俺の写真が欲しいんだ?」
「……存外、主も野暮なことをお聞きになさるのですね」
「ああいや、そら全くだ。…ここはありがとうなと言っておくか。  さて、カメラか。お上の眼をちょろまかしてこっそり持ち込んだやつをどこかに仕舞っていた筈だったなぁ…」


立ち上がって審神者は自室を散策し始める。
和棚、机、物置の中、天袋の中。
長谷部はただじっと座ったまま、審神者の様子を逐一目で追っている。

「おお、あった」天袋の中から審神者が元の時代で使っていた型落ちしたデジタルカメラを見つけた時に、ぱぁっと顔を晴れやかにさせた。


「撮れるよな、これ。 どれ一枚試しに」
「え―― あ、主!」


小気味よい音が鳴った後、長谷部は自分が先に写真に撮られたことに気がついた。「撮れてる、撮れてる」画面を操作して先程撮れた長谷部の間の抜けた姿を楽しそうに見せてくる主に、眉を下げる。


「無事に撮れたようで安心いたしました。 ――さ、次は主の番ですよ。カメラをこちらに。」
「それなんだが、俺一人写っていたって味気ないんじゃないか?」
「…そのようなことはありませんが、」
「どうせなら二人で写るか、長谷部」
「!」


――審神者の言った提案は、長谷部が心の内に仕舞いこんだ"最上級のおねだり"だったのだ。
厚かましいぞ、と自制した事柄を主自らに提示され、長谷部は「は、は、はい!」とやおら元気に返事をしてしまい、審神者に笑われた。


「ふ、二人で写るとなると、協力者が必要ですね。誰か――」
「ん?いや、要らないだろう。 ほら長谷部、ちょっとこっちへ来い」
「?」


立ち上がり、素直に審神者の傍へと歩み寄る。
何をなさるのだろう? 長谷部が疑問を口にしようとしたとき、審神者の左腕が長谷部の肩へと回され、力強く引き寄せられた。


「!!? あ、あああ主!?」
「こうすれば同一の画面に収まって撮れるだろ」
「で、ででですが、ち、ちか、」
「ほーら動くな長谷部。撮るぞー」
「!!」


はい、チーズ。


主の不思議な掛け声も右耳から左耳へと流れてゆき、かつてない程耳の近くで感じる主の声と息になにがなにやら、ああ熱い、長谷部の脳内はグルグルと揺れる。


「バッチリ撮れたな」
「……あ」
「で、これをPCに繋いでプリントアウトしてーの」


審神者が離れた後も呆然としている長谷部を置いて、テキパキと機器を立ち上げプリントアウトの写真用の用紙をセットして、出てきたものを持って……「ほら」


「出来たぞ、写真」
「 あ…ありがとうございます…」
「少々気恥ずかしいもんだが、まあたまにはこういうのもいいか。俺も一枚プリントしとくかな。机の前の壁にでも貼っておこう」


――出来上がった、主と二人で写っている写真を両手で大切に持って、長谷部は想像以上の歓喜に打ち震えていた。


「有り難き幸せ、主に頂いた贈り物、大切にいたします」
慣れた様子で手を付き、膝をついて退出の姿勢を取る。
「おお。これからの働きにも期待してるぜ」
「はっ」
ゆっくりと襖を閉め、すくっと立ち上がり、足音を立てぬまま廊下を早足で歩き、中庭で遊んでいた短刀たちの目にも止まらない速度で自室へと飛び込んだ長谷部の顔は、いっそ愉快なほど真っ赤であった。

頂いた写真を掲げ、恍惚とした表情で眺める。
嗚呼―――、本当は、主の部分だけを綺麗に切り取って、懐中時計の蓋の裏に写真を忍ばせるつもりだった。だが最早それは出来ないことだ。主以外の者は俺自身ですら不要だが、この構図はたまらない。写真を見ているだけで先程の主の息の熱さを思い出すようだった。さてどうしよう、さあどうしよう。

一先ず、今日はこの写真を胸に抱いて眠ることにしようか、そうしようか。






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