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大倶利伽羅


大倶利伽羅はああ見えて、一つのことへ打ち込む時はいつだって熱心に取り組む奴である。共に屋敷で暮らし始めてから、ずっと見守ってきた私の眼は確かなつもりだ。
態度はいつもつっけんどん。お願いや頼みごとをしても、顔を顰めて文句を垂れる。しかし、拒否をしたことはない。何をするにしても独りでやると宣うが、本当に独りでちゃんとやってみせるのだから、これに信用を持たずして何とする。



「おい、出来たぞ」


食卓の真ん中にでんと置かれた鍋の中では、大倶利伽羅自らが作った"白菜と鶏手羽の塩鍋"がグツグツと音を立てている。乱雑なサイズにぶつ切られた白菜やしいたけ、煮加減が丁度よい鶏肉、それに隠し味の胡麻と柚子の香りが仄かに漂ってくる。料理人の繊細な心遣い、とまでは行かないが、それでも大倶利伽羅らしいところが料理にも垣間見えている。皆まで言うまい、これは絶対に美味いやつだ。


「ありがとう大倶利伽羅。美味そうだ。これが終わったら食べるから、そこに置いといてくれ」
「…ふん」


照れた様子はない。大倶利伽羅は茶碗を持ち、自分が食べる分を鍋からよそって、さっさと部屋を出て行った。いつものことだ。大倶利伽羅が私と食卓を共にしたことは一度もない。私自身も別にそれを付き合いが悪いぞと咎めることはしない。突き放すワケではなく、大倶利伽羅がしたいように、好きなようにすればいいと思っているのだ。
誰が彼を咎められると言うのか。
大倶利伽羅がこの料理を作ってくれたのは、私が今こうして大倶利伽羅が先の出陣で破いてきた学ランを縫合しているからだ。私は別に何も彼に命じたりしていない。「上着が破れたのか?貸してくれ、縫って直してやろう」黙って投げ渡してきた彼との会話は、そこで終わっていた。無言で部屋を退出して行った大倶利伽羅が向かった先が台所だったのも今の今まで気付かなかった程だ。
気が利く。いやそれ以上に、自分のやるべき事をよく理解しているのだろう。それに恐らく、"私の為になる"からやっているのではないと思う。


大倶利伽羅は、たった一人の私の刀剣だ。彼しか近しい刀剣を所持していないのは、ある意味でとても閉塞的な空間にいるのかも知れない。

だが仕方が無い。彼が「俺一人でいい」と言うのだから。なれば主である私が、彼のその言い分を無視して刀剣を増やすことは、彼の意に反する行いになる。
大倶利伽羅が自分一人で充分だと自負している内は、私も彼一人いれば充分なのだ。
閉塞的空間だと私は評したが、第三者の眼には私と大倶利伽羅の関係はどう映っているのか。気になりはするが、その"第三者"がいないので分からない。



「………おい あんた、いつまで食わないつもりなんだ」

空の茶碗を積み重ねた大倶利伽羅が廊下から顔を覗かせた。ああ、いけない。思いのほか思考にかける時間の方が多くなってしまったようで、彼の上着の繕いが終わっていない。大倶利伽羅も訝しむような表情を浮かべている。


「…ああすまない。もう終えるよ。折角の鍋が冷めてしまうのは嫌だからな」
「……あんたのことはどうだっていいが、早くそれを食って貰わないと、後の片付けが出来ない」
「それもそうだ。 いや、任せっ放しだな。少しはお前も何かやれよと、怒っていたりするか?大倶利伽羅」
「……別に。 あんたは、」




―――それでいい。






よく私が、大倶利伽羅に言われる言葉だ。さて今回の、その言葉の真意はなんだったであろうか。
まあ、どれだったとも構わないか。今私がやるべきことは、上着の縫合と鍋を空っぽにして大倶利伽羅に上げ渡すことだ。

食器を片した大倶利伽羅は刀を手に、中庭に出る。
いつもの様に、食後の鍛錬を開始するのだろう。桜の季節が、そろそろ終わる。中庭の池に浮かぶ蓮の上に留まっていた雀が、現れた人間に警戒し飛び立った。


私は針と糸を置き、茶碗と蓮華に持ち返る。
程なくして、彼の刀が空を切る音が聞こえてくる。響く音は、それだけだ。


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