08
砂原地帯を抜け、荒涼とした小高い山岳地帯へと拉致されたハンターはその後暫く鷲掴みにされた後、ようやく地面に足をつくことが出来た。長年の雨風が岩肌をくり貫いて作られたような大穴の中は、ハンターをここまで運んできたこのセルレギオスの、どうやら巣であるらしい。
両方の足で掴んでいたハンターの身体をドサッと雑に落とし、一、二度ブルブル、バタバタと体を揺らし、ケタケタケタと喉を奮わせたセルレギオス。
ここにハンターを連れて来た目的は何なのか。セルレギオスから距離を取り、武器からは手を放さないまま、駄目元で問いかける。
「俺を此処へ運んだ理由は何だ」
セルレギオスは獰猛に爛々と光っている双眸でじっとハンターを見ている。が、不意に顔を背けてしまった。まるで「お前と話す口なぞない」とでも言いたげなその様子に、小馬鹿にされたと感じたハンターは自身がイラついていることを理解した。大切な相棒を失い、戦地からかどわかされ、判然としない。
「そもそも、お前はずっと衰弱状態だった筈だ。それがどうして、力を取り戻してる。何があっ……」
まさかとは思ったが。
ハンターが、オトモが最後に吹いてくれた回復笛の恩恵を受けていたとき、すぐ傍らにこのセルレギオスもいたんではなかったか?
オトモの持つ回復笛の効能は、本来は対象者を選ばない。ともすれば相手モンスターにも効果を齎してしまう場合があるが、距離や位置関係、ハンターの立ち位置などを念頭に置きその辺をオトモはきっちり把握して笛を使う。
だがあの場合は、オトモも意識混濁としていた。傍らにいたセルレギオスにも、オトモの笛の効能が届いたとしても無理はない。
「………参ったな、勉強になったよ。あいつの笛はやはり最高だったというわけだ」
何せ瀕死状態だったセルレギオスが一気に数十キロの距離を飛べるほどまで回復しているのだ。あれを狂竜セルレギオスが聴いていたらと思うと気が気でない。
だがそれでもまだこのセルレギオスの行動が腑に落ちない。
再び立ち上がれたことでハンターを殺そうと目論んでいるのなら、わざわざこんな遠方まで連れ去る必要はないではないか。
「…………」
『………』
ハンターの方には見向きもしない。攻撃を受けてボロボロになった翼の毛繕いをしている。
「………」
『…』
「………恩返しでもしたつもりか」
ほんの少し反応が返った。眼球だけを動かして、ハンターを一瞥する。すぐに眼は翼に戻った。
「………………はぁ」
セルレギオスの思惑がどうであれ、あの状況からこの状況になったのは、「助かった」と言うべきなような気もしてきた。
崖下に転落した狂竜セルレギオスが再び舞い戻ってきた時にどうするかの打開策はなかった。
死ぬつもりはないと豪語はしたが、生きられる自信もあまりなかったのが本音だ。
けれどこの事態、果たして好転しているのか分からない。ここにいても助けは来ないし、物資を補給出来たりもしないだろう。そろそろ武器を研ぎたい。
死ぬにしても、せめてセルレギオスとは刺し違えなければ。
そう思ってもいたが、刺し違えられるのか。いや、やらなければ、あのまま狂竜セルレギオスを放置していれば、いずれ旧砂漠エリアを通過して各地を巡る旅団やギルド派遣員やらが急の襲撃を受けてしまうことは想像に易い。
ハンターがクエスト失敗をし、再びギルドからクエストが再発行されるまでに、各人間たちが受ける被害はどの程度の規模になるのか。
「………」
未だにハンターを無視し続けているセルレギオス。強く呼びかける。
「俺を元の場所に戻せ」
ギロリ。首が回り、ようやく両目でハンターを捉えたセルレギオスは「不可解だ」とでも言いたいんだろう。
ようく聴け、モンスター畜生め。
「お前が俺をここに運んだ理由は分からんが、あのセル……ああ、名前を言っても分からんか、"アレ"を放置しておくわけにもいかん。俺はお前たちモンスターを 人と自然との共生に調和を与えるため、殺すハンターだ。強力すぎるモンスターというのは、災害。災害は自然界の脅威でしかない。対処をしなければ、受ける被害は甚大なんだ。俺は人々を護りたい。アレを討伐し、帰ってやらなくてはならん奴がいるんだ。だから戻せ、俺を。アレのいる場所にまで」
さて、どこまでこのセルレギオスに人語を解して貰えるものか。
黙ったまま、相手の反応を窺う。相手も、こちらの反応を窺っているように見える。
長いような、短いような沈黙。さて。
――――死の淵から救われた。だから生かしてやろうとしたのに。愚かな。
空耳だ。
きっと、岩肌を吹き抜ける風の音だろう。
モンスターが喋るはずはない。
モンスターとは心を通わせられない。