千年先の雨のにおいがした | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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05

「――ぐっ!?」


身体を鋭く大きな鉤爪でつかまれ、石柱に向かって勢いよく叩きつけられながら、視界の端にハンターが見たのはオトモアイルーの小さな体が 巨大なセルレギオスの尾によって地面に強く圧し伏せられる瞬間だった。
か細い悲鳴が聞こえ、オトモはぐったりと動かない。駆け寄ってやりたくてたまらない、だがハンターも吹っ飛ばされ兜が壊された状態で強く柱に頭を打ち、軽い眩暈、いや脳震盪のような状態に陥っている。右の視界が僅かに霞む。どうやら額から出血を起こしたらしい。 それでなくとも、狂竜ウイルスをマトモに浴びて、虚脱状態にあると言うのに。




ハンターは、猛者だった。
強者であり、英雄。
多くの街を 人々を かけがえのない我らの団員たち、筆頭リーダーたちと助け合いながら、如何なる時もモンスターの屍の山を築いてきた。





だが、このセルレギオスはまさに"規格外"だった。



その全長はセルレギオスの平均的な体格を二倍以上上回っているほどの巨躯。
そこに加え、奴はいま狂竜状態。興奮状態にもあるのか、頻りに喉を震わせ高周波を響かせる。
翼をはためかせれば突風が起こり、歩く事すらままならなくなる。増してや此処は砂漠。舞い上がる砂埃の量は尋常ではなく、行動を遮られるのは言うまでもない。
突如乱入した折、幾撃か攻撃を交えたが、繰り出してくる一撃の重さ、鋭さ、痛みが通常のものとは比べ物にならない。幾撃かで攻撃の手をハンターが止めた理由は、あのまま続けて攻撃を受けていれば、武器の刃を折られる可能性があったからだ。




――キシャァアア――アアアア!



突然の巨大狂竜セルレギオス乱入以前に戦っていたセルレギオスは、同種だが様相のおかしいそいつに好戦的な様子を見せる。だが、まるで親子ほどの体格差だった。
セルレギオスは飛翔し、空中戦に持ち込もうとしているのか上空から刃鱗を浴びせている。しかし狂竜セルレギオスの皮、鱗は硬く、一片たりとて貫通を許さない。
――ギィ、ア、ア゛、アア゛ア゛!!
 しゃがれた咆哮を上げながら、その巨躯を両の翼で難なく空中に持ち上げた。



二匹が地上からいなくなったことはハンターにとっての幸いである。武器をついて身体を起こし、狂竜セルレギオスによって吹き飛ばされたオトモの姿を探す。  いた。オトモは、横臥していた瀕死状態にあるセルレギオスの傍にまで転がっていた。
頭部の痛みを堪え、ハンターは素早く駆け寄る。砂に顔を埋めていた身体を抱き起こし、そのオトモの様子に、ハっとする。ハンターが設えてやったオトモ防具は、木っ端微塵に壊れている。兜もない。ハンターのように、頭部から血を流していた。柔らかな毛並みに覆われていた体にも大小様々なキズ痕。裂傷が多い、すぐに止血しなければ…!


「…! おい、しっかりしろ、相棒!」
「…… …にゃ…… 旦那さん…?」


呼びかけに応じた声は、ハンターの喉が引き攣ってしまうほど、生気がない。
「しっかりしろ、今粉塵を…!」 そこでようやくハンターは己の失態に気がついた。腰にいつも付けてあるポーチのベルトが、切れていたのである。鉤爪で掴まれ投げられた時か、一体何処に、と視線を彷徨わせて、更なる絶望を知った。狂竜セルレギオスが巻き上げる大量の砂埃のせいで、ここら一帯の地形はすっかり変わっていたのだ。無作為に出来た小高い砂の山。ポーチはそのいずれかの中に埋まってしまったのだろう。


「……、…」

ハンターは、落ち着こうと努力した。今回ハンターは、異様な事態の連続に、すっかり気が動転し切ってしまっているのだ。きっと、そうだと。場数なら嫌と言うほど踏んだ。強大なモンスターにも幾度と立ち向かった。 だと言うのに、そのハンターの全ての経験を 嘲笑うかのような存在が今この場に存在しているのだ。



ギィアア゛、アア゛ア゛アア゛ア゛アア゛ア゛!!
――ギィ…!


空中で交戦していたセルレギオス達が地上にまた近付いて来た。
勇ましくも狂竜セルレギオスに立ち向かっていたセルレギオスは、いつか己が別の同種にした仕打ちのように、首を大きな嘴に挟みこまれ、もがくように手足翼をバタつかせて抵抗を試みているが狂竜セルレギオスの滑空速度は変わらない。
ドォン!
大きな地鳴りと共に、柔らかな砂の上ではなく、吹きさらしとなった岩盤の上にセルレギオスは叩きつけられた。その衝撃で、ハンターとオトモの体も軽く宙を舞い、ハンターは横臥状態だったセルレギオスの硬い翼に思い切り背中を打ちつけた。


岩盤に落とされたせいで、セルレギオスの全身の骨は文字通り微塵になったのだろう。辛うじて息はあるものの、体の自由が利かないのか、手を、足を、動かそうとしてままならないそれに苛立たしそうな、不愉快そうな悲鳴を上げている。
狂竜セルレギオスは、そんなセルレギオスの体にまたも鋭い爪を立てた。ギィ、ギィと喚いていたセルレギオスの頭が、その大きな嘴に啄ばむように食われる。バリバリと言った音が遠く見ていたハンターの耳にも聞こえてくるようだった。
もう死んだ筈のセルレギオスの体を尚も狂竜セルレギオスは壊したがっているみたいである。
翼をもぎ、腹を捌いて、内臓器官を食べている。
その凄惨な光景は、見慣れていた筈のハンターにも吐き気を催すほどの嫌悪感を与えたのだ。



食事を終えた、獰猛な瞳がハンター達の方へと移る。
殊更緩慢とした動作で振り向くのは、最早蹂躙を可能とする者の余裕の表れと言わずして何と言うのだろうか。