千年先の雨のにおいがした | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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04

セルレギオス討伐任務の決行時間は夜との指定だ。
夜目が利きにくい飛竜種と相対するには打って付けの時間であるため、それについて異存はない。もうそろそろ、クエストの開始予定時刻になる。
オトモアイルーは横になって呑気に昼寝を楽しんでいるようだ、正直羨ましい。旧砂漠は、数あるフィールドの中でも嫌いな部類になる俺には、とても出来そうにない芸当である。暑いと思えば寒い、目を閉じていても砂が眼球をこじ開けようとしてくるのには参る。 嗚呼、早くこのクエストを終わらせよう。今回のクエスト達成は、いつものように報告だけの味気ないものではない。温泉、ユクモ温泉、筆頭リーダーとの慰安旅行になる。考えるだけでやる気が湧いて来た。モチベーションは大事だ。


「……よぉし」


喝を入れろ。時間だ


「ムッ 旦那さん、始まりかニャ?」
「そうだ。行こう」
「ニャ! 今回もボクに任せるといいニャよ!」
「ああ、頼りにしてるよ」


武器を担ぎ、ポーチの中身を最終確認し、腰に取り付ける。時間が来た。

支給品ボックスから地図とたいまつを取りに行ったオトモアイルーを待っている間、キャンプ脇で休んでいた山菜爺さんが「武運をな、ハンターさんや」と言って千里眼の薬を渡してくれる。「有難う」いま使おうか悩んだが、一先ず取っておこう。まずは付近を泳ぐデルクスの掃討もしておかなければ。







ベースキャンプを抜け、その隣の砂漠エリアに移動する。
しかしそこで、第一の違和感を感じた。

「………、……?」
「…ニャ?今日はデルクスがまったくいないのニャ」

おかしい。
通常ならば、昼夜関係なく砂の海を奔り回り、此方を撹乱してくる面倒なデルクス、ヤオザミの姿が、一切確認できない。
人間の肉や血のにおいを感じ取ればすぐに姿を見せるはずなのに。乾いた大地と風化した大岩の間を吹き荒ぶビュォオオオという音以外の音がしないのは、おかしい、異様だ。


「…気をつけろよ、相棒。旧砂漠一帯の様子がおかしい。間違いなく、ここで何かが起きている」
「ニャァ…」


傍らのオトモアイルーの怯えた声を聞いて更に身に力が入る。討伐対象であるセルレギオス達が関係しているのか? 用心の為に千里眼の薬を今ここで飲んで奴らが今争っている所在地だけでも把握しておくべき………――



―――ギキィ キシャアアァアアァアアアアァアア





突如  遠く、劈くような高周波 これは、


「セルレギオスの咆哮だ!!」
「隣のオアシスエリアの方角ニャ!」


深い砂地に脚を取られつつも、一気に砂山を駆け下りる。凍てつく冷気と、不穏な空気を思わせる熱風が吹きぬけ、砂埃を舞い上げ、視界を覆おうとする。

地面を滑り降りて旱魃した岩地と、石柱の立つ開けた場所に出ると、

中央のマップ、俺の眼前で正に今、一頭のセルレギオスがもう一頭のセルレギオスの首筋に喰らいつき、頭部を食いちぎろうと激しく頭を揺さぶっているのが見えた。噛み付かれているセルレギオスからはまた甲高い悲鳴のような咆哮が上がり、俺も耳を塞がざるを得なかった。ビリビリと空気ごと振動させる高周波。月と星の明かりだけが頼りであるこの暗い砂漠でも、セルレギオスの眼は爛々と輝いている。
その内の、喰らい付いている方のセルレギオスの眼が、此方を見つけ、ゆっくりと身体を向けた。


「…バレたぞ」
「ニャニャニャー!」


セルレギオスの首から口を放し、警戒の構えを取って見せる。喰らい付かれていた方のセルレギオスは憔悴し切っている様子で、俺の存在に気付いていても身動きが取れないでいるようだ。


好都合だ、これは。
俺の到着前に二頭の内の一頭が疲弊しきってくれているのであれば、これほど助かることはない。

警戒の構えを、突撃の構えに変えたセルレギオスが、また一度大きく啼いた。どうやらターゲットを俺たちの方へと変えたみたいだ。翼を大きく広げ、空中に飛び上がり、此方へ一直線に滑空して来る。
突進を横に転んで交わし、土煙を上げながら着地したところを狙って、足元に一撃を加える。
鉤爪鋭い脚をバタつかせ、股下の俺を潰そうとセルレギオスは暴れた。右に、左に、回りこんで回避し、ともかく先に翼を壊してしまおうと狙いを定める。
その考えを読んだのか、セルレギオスは大きく身を震わせ、全身を覆う鋭利な刃鱗を俺の進行上へと発射し頬を掠めた。地面に着弾した刃鱗が破裂し、破片が身に降りかかる。


「痛っぅ……! ……二匹で争っていた割りに、こっちは意外とタフだな」


多少は此方も疲労しているかと言う俺の希望的観測は打ち砕いてくれたわけだが、憔悴しきっているもう一匹にサッと視線を奔らせてみたが此方は未だ逃げる気配どころか動こうとする様子もない。

呼吸を整える俺の前に降り立ったセルレギオスは、身を震わせ、喉を鳴らし、射殺さんばかりの視線を投げつけてくる。まだまだ余力はありそうだ。
こちらも慄いてはならない。何せクエストはまだ始まったばかりなのだから。負けじと武器を構え、セルレギオスが起こす次の挙動を推測する。恐らくこの後突進し、低く飛び上がった後に再度刃鱗を発射して……








ドォオオン……




「!? ――なんだ?」


俺やオトモアイルーのみならず、セルレギオスでさえもよろめいて足をつく程の巨大な地揺れが発生した。キシャア、とセルレギオスが啼く。翼をバタつかせながら飛び上がり、周囲を警戒するように顔を左右に回している。俺も、セルレギオスから意識は逸らさずに、辺りを見渡す。――地震?いや、そんな事前観測情報は聞いていない。突発的に起こるにしても、地震にしては揺れ方がおかしい。 なにか、とてつもなく重いものを上空から落とされたような震動があった。



 すると、どうだ。
次の瞬間、俺と、セルレギオスを丸ごと覆うほど大きな影が出来たのだ。
セルレギオスが激しく叫び、挙動不審な動きで飛び回る。
全身の鱗を逆立たせ、目玉をギョロリと引ん剥き、深い恐慌状態に陥っていた。



そして俺は、自分の眼を疑っていた。



「…なん、だ…こいつ、は」



――通常種の倍はあるかと言った、とても大きな セルレギオス

その眼は沼底のように暗く、嘴染みた口や、全身からは、暗紫色の瘴気が零れ落ちている。



「狂竜状態の、大型セルレギオスだと…!?」


バカな おかしい ありえない
旧砂漠エリアに、同時期に、セルレギオス種が三体も出現するだなんて!