千年先の雨のにおいがした | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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補完ストーリー2

モガ村の住民たちはとても大らかで豪快で、優しい人ばかりだった。どこかバルバレの人たちを思い出す。

大怪我を負って、担ぎ込まれてきた見知らぬ怪我人を何の見返りもなく手当てしてくれたばかりか、住む宿の部屋まで提供してくれた。何でもこの家は元はモガ村付きのハンターが使っていたのだが、「最近は街に顔を出していて中々帰って来ないから使ってほしい」とのことだった。
また、ちょうど村長自身も不在であるらしく、村に残っていた漁師や女将さんたち、元気イッパイな子ども達が住む、海辺の小さな村で、地図上ではどこに位置しているのかも分からず、記載すらないらしい。
ただ孤島が近く、頻繁に大型モンスターが出現するためハンターズギルドには要請が入るらしく、ハンターのような者達が時折、物資補給のために立ち寄って行くのだという。また漁業が盛んで、この近辺でしか獲れない珍しい魚も多いため、流通は幅広く行っているとのことだった。しかし地図には未だ載っていない村らしい。不思議なものだ。



「―――おやアンタ!起きてたんだねぇ!」


「 女将さん。はい、今日は脚も耳も気分も調子が良くて」
「そいつは上々だね!元気なのは良いことさ!」


女将さん―――担ぎこまれ、手当てを受け、療養している俺のもとを度々訪れては料理や着替えやらの面倒を看てくれる優しい女性だ。
今日も手に料理を持って来てくれている。丁寧に切り揃えられた、サシミウオの刺身。それと流通されてきたばかりだと言う、瑞々しい果実の山。そして透明のグラスに注がれたお酒。


「美味しそうだろう?」
「はい!」
「たんとお上がりよ。これ食べて精をつけて、早く元気にならなくちゃ!」
「本当に、すみません色々と」
「何言ってんだい!住んでる人の少ない村なのに、食べ物は大量に集まってくるんだ!遠慮しないでいいんだよ」

何度となく交わしたやり取りだった。食べ物も場所も余っているから、きちんと体を治すまでゆっくりして行けと。

本当に、優しい人たちばかりで、泣きそうになる。
俺は何度、様々な人たちの恩情を受けて生きているのだろうかと。


「じゃあこれは机に置いておくから。全部食べるんだよ?カルシウムをしっかり摂取して、骨を強いのに戻さないとね!」
「はい、絶対食べます」
「ようし! じゃあアタシは外で作業してるから、何かあったら呼んどくれよ」


皿を机に置き、ベッドサイドに置かれていた水差しの水を新しいものに取り替え、清潔なタオルを用意してくれた女将さんが出て行こうとする。
軒をくぐったところで、「ああそうだ!」と何かを思い出したようで顔を再び覗かせた。


「あの時のハンターさんが、また様子を見に来てくれていたよ」
「本当ですか」
「相変わらず忙しそうだったんで、村の入り口にまでだけ来てアンタの容態を聞いたらそのままサッサと孤島の方に出かけて行っちゃったけどね。よろしく、だってさ!じゃあね、伝えたよ」
「はい」



あの時のハンター―――龍歴院のハンターのことだ。

名乗られた名前は、『キーツ』



俺の、生き別れた弟と、同じ名前。



「………、……」


面影があった。
俺と似た顔だった。
よもや、他人の空似であるはずがない。名前を聞いた時は、震えた。


でも、俺の名前を教えられなかった。
ましてや「俺はお前の兄。お前は俺の弟だ」なんて。

十数年ぶりに再会した兄が、酷い大怪我を負っているなんて知れば苦しいだろうと思ったからだ。


キーツはあの後、俺をモガ村まで連れて後を託した後も、孤島でクエストが入った時にはたまに顔を見せに来てくれている。とても優しいやつ。立派に成長してくれていたこともそうだが、生きていてくれたのかと喜びに泣きそうになった。

俺の判断は間違っていただろうか。自分の名前と関係性を知られないようにあやふやに、しどろもどろになった俺をいぶかしんでいたような気もする。

まあ、今は無理だろうが、いつか伝えられたらそれでいいだろう。


そこまで考えたところで、俺は"またか"と思った。


また俺は、「いつか伝えよう」と思っている。


いつまでも、伝えられなかったくせに。
伝えたいことが、たくさんあったくせに。


そう、そうだ。俺は、"あいつ"に――ああ、何か――なにかを――――



「………!!!」



頭が、痛い。
食べておけと女将さんに言われたのに、視界に食べ物が映ると吐き気がしてくる。
脚が痛い。熱を持っているようだった。
ようやく治って来たはずなのに、体のあちこちにあった火傷がぶり返したかのようだ。
心臓が鼓動している。動悸が激しくなり、勢いよく頭を掻き毟りたくなる。
後悔だ。
紛れもない後悔が押し寄せて来ている。
俺は、こんなところで何をしている。
どうしてこんなことに。
もしもずっとこの脚が治らず、何処にも行けなかったら、

あの場所に、いつまでも帰れなかったら、



「……ぅ……、っ……ううぅ……」



泣きたくないのに、涙が出てくる。
キーツと、生き別れた弟と再会した時にも流さなかったはずの涙が、どうしてこうも簡単に流れてしまうんだ。


ちょっと、バルバレのことを思い出しただけだ。
ちょっと、ドンドルマのことを思い出しただけだ。
ちょっと、我らの団のみんなのことを思い出しただけだ。
ちょっと、団長の顔を思い浮かべただけだ。
ちょっと、筆頭ハンターたちのことを思い出しただけだ。

あいつの顔を 思い浮かべた、だけだ。



――恋しい。
強く、そう思う。帰りたい。あの場所に。あの人たちのところに。