千年先の雨のにおいがした | ナノ
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補完ストーリー1

音がする。
パチパチと、何かが弾けて飛ぶ音。
しかしその音を拾おうとすると、何故だかとても耳が疲れる。聴覚が上手く機能していないのかも知れない。そしてどうにか、眼を開けて音の正体を探ろうとしてもこれも難しい。瞼が鉛のように重かった。眠っていた意識が徐々に覚醒してくると、どうやら今の自分は酷く虚脱状態にあるらしい。全身の筋肉に力が入らず、横になっているような気がした。
少しでも力を抜けばまた深い眠りに落ちてしまいそうになりながら、どうにか眼を開けてみる。
最初に飛び込んで来たのは、夜空。ずっと高いところにある空には満点の星空が広がっていた。
けれどそれだけを見ても何も分からない。「う……」と呻き声を上げながら、顔を横に向けようとした。
するとどうだ。直後、激痛が全身を奔った。痛い。すごく痛い。体の節々が、骨を折られ、血管が切れ、プラプラと皮だけで繋がっているような感覚がした。"この体で生きていることが不思議" 漠然とそう感じる。

"何 故 俺 は 生 き て い る ?"

脳が打ち出した疑問。何故だか妙に恐ろしい。そう、確か、俺は……。



「気がつきましたか?」



上手く機能しない耳が拾ったのは、若い男の声。凛とした響きのその声が、「具合はどうですか?」と問いかけて来る。どこから声がするのか、と、首を横に倒すと、声の主はしゃがみ込んで薪を焚き火にくべていた。パチパチという音の発生源は焚き火だった。自分は今、焚き火のすぐ傍で横になっており、男は頭上から顔を覗き込んで来る。


「大丈夫ですか? 私の声は聴こえていますか?」


問いかけられている。声で答えたかったが、口を開くのがどうにも億劫だ。なので少し顎を引いて、首肯を示す。男に通じたようで、男は「よかった」とほんの少し口角を上げて笑った。


「今、なぜご自分がこのような状況の中にいるのか、分かりますか?」

「………」

「答えられるようになってからで結構です。それまでは、私の知る範囲のことをお伝えします。
此処はモガの森。孤島とも呼ばれていますね。その海岸沿い、いわゆるエリア10……は、ハンター間での呼び方ですが……。ここの波打ち際に、あなたは倒れていたんですよ。私があなたを発見したのは2日前のことです。なのでもしかすると、それより前からあなたは此処で倒れていたのかも知れません。発見時のあなたは寧ろ、"流れ着いていた"と呼ぶのがピッタリな状態でしたが」

男は火に薪を注ぎ足しながら、薄く微笑したあとにこちらを振り返った。
どう反応をすればいいのやら分からず、こっちも薄い笑みで返すしかない。
その反応に満足したわけではないだろうが、男は言葉を続ける。

「私はハンターをしています。この孤島に来た理由である依頼された大型モンスターの狩猟任務を遂行しなくてはならなかった為、一日目は、とりあえず波に攫われてしまわないようにこの場所まで引っ張って来て、焚き火を点けてその横に寝かせたままにしていたんです。申し訳ありませんでした。本来ならばベースキャンプまでお運びしたかったのですが、ちょうど大型モンスター……リオレウスの動きが活発化してましたので早く討伐する必要があった為です」

男も、ハンターなのか。それも単独でリオレウスの討伐を任されると来れば、一般的なハンターよりも相当腕が立つのだろう。

「発見時のあなたは酷く衰弱してましたので、狩猟中はずっと気がかりでした。ですが私がリオレウスの討伐を終えてこの場所に戻って来た時、あなたはまだ目を覚ましていなかったけど死んでもいなかった。今度こそあなたを抱えてベースキャンプに戻ろうとしたのですが、その時は陽が落ち、夜も更けていたので抱えながらの行動は危険だと判断し、この場所で夜を明かすことに。それが先ほどまでの事です。ようやく目を覚ましてくれましたね」


本当に、よかった。男は安心したように笑った。見知らぬ他人である自分の無事を、心の底から喜んでくれているような笑みに、心がすぅっと軽くなるのを感じる。
それと同時に、大きな感謝の念が生まれてくる。
男の言うように、二日前以上から自分が波打ち際で倒れていたのなら、よくここまでモンスターに襲われなかったものだと胸を撫で下ろしたくなる。

少し、全身の倦怠感が抜けてきた。男の顔を見る。


「………助けてくれて、本当にありがとう」


男は眼を丸くさせ驚くような表情を見せると、
「……私は何も。ただほんの100メートルほどあなたを運んで、火を熾して様子を見ていただけに過ぎません。関心することは、あなた自身の生命力の高さと体の構造ですよ」
そう言って、立ち上がってこちらに近づいて来る。


「大丈夫ですか?体を起こしましょうか」
「ああ………」
「詳しく検めてはいないのですが、あちこちの怪我が酷いです。先ほど、簡易的にですが薬草を使って応急処置はしておきましたが、早く医者に診せなければなりませんよ」

背中に男の手が差し込まれ、支えられながら体を起こそうとしてみる。
すると、やはり全身に激痛。中でも、とりわけ両脚が酷く痛んだ。骨が折れているような気がしていたが、顔を歪めた俺を見て足を調べてくれた男は、俺以上に顔を顰めさせて見せる。


「これは………申し訳ありません、気がつきませんでした。両脚の骨が、ボロボロになっていますね……。一体、なぜこのような……」


問われて、自分でも気を失う前までのことを思い返してみる。

深い渓谷。大きな谷。激流の川。落ちて行く自分の体。その横を落ちていた、セルレギオス。強い衝撃。どうにか水面に出ようともがき、何かに掴まって浮上――……


「…………」
「……どうされましたか?」
「……いや、何でもない」
「……何でもない、ですか」


何でもないはずがないだろう。男の眼がそう物語っている。べつに、隠すつもりはこちらも微塵もない。ただ、まだ全てを話すにはあまりにも辛い。

男がそれを分かってくれたのかは定かではないが、「…そうですね」と言って微笑む。


「今は、理由よりも治療です。お辛いかも知れませんが、朝になれば必ず近くの村までお送りします。歩行は困難でしょうから、ネコタクを手配しておきます。それまで、お体は保ちそうですか?」
「ああ」
「…力強いお返事ですね。とても、大怪我を負っている人間だとは思えません」


褒められたような気がする。そう、捉えておこう。


「こちらこそ、本当にありがとう。リオレウスを狩猟した後で疲れているだろうに、こうして見知らぬ男の面倒を看てくれて」
「困っている方を見捨てられない性分なのです。お気になさらずに」
「……そうか。俺もだ」
「ええ、そんな気がします」


男はクスクスと笑う。精悍な顔つきの若者だが、どこかまだ幼さを残している。自分よりも少しばかり年下のようにも見えた。身につけているハンター用防具は自分が見たことのない意匠のものだ。常時手放さずに担いでいる武器は、俺と同じくチャージアックス。これもまた、手にしたこと無い形状のもの。少し興味が沸いてしまう。


「……そう言えば」
「?」
「我々は名前の提示もしてませんでしたね」


これは申し訳ありません。男は流れるような動作で一礼。仰々しく見えるほど恭しく頭を下げる。



頭の防具を外すと、収納されていた頭装備から俺と同じ色をした黒く美しい髪が流れ出てくる。
防具の陰になって分からなかったが、目の色も似ている。俺と同じ、赤。









「私は龍歴院所属のハンター、名はキーツと申します」










――あなたの、お名前は?