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「離してくれ二人とも!! 彼が…、すぐに助けに向かわねば…!!」
「そ、そうッスけど!!でもダメっす!!!行ったらリーダーも落ちちゃいます!!」
「それにこの渓谷の下を流れる川は、土砂と土石流が激流のように流れ落ちている! 行ってどうにかなるものではない!」
「………!!!………、……」
筋肉を張り詰めながら飛び出そうとしていたリーダーの肩から、徐々に力が抜けて行く。
すっかり弛緩し切ると、だらりと両腕をついた膝の上に落とし、呆然と、眼前の渓谷を見ていた。
もう突発的なことはしないだろうかと不安に思いつつ、ルーキーにリーダーの見張りを頼むと、ランサーは一人渓谷に近付いて行った。
崖の際で手と膝をつき、下を覗き込むとやはりかなりの高さの谷である。
辛うじて目視できた底の方では、砂漠の地下深くを流れている川の本流が重なり合い、幾重もの筋となって大きな流れを作った川が、土砂を巻き込みながら、轟音を立てて流れているのが見える。
この川は暫く行くと海へと流れ込む。タンジアの方角だったか、それとも別の地方だったか……。
目視した限りでは、セルレギオスの姿も我らの団ハンターの姿も見えない。
ランサーは強い悔恨の念に見舞われていた。
あの時、セルレギオスに息があったことに気がついていれば、このような事態は引き起こされていなかったはずだ。
狂竜セルレギオスを討ち取ったあとだ、どうしてこうなってしまったと眉間の皺を深くし、頭を抱えてしまう。
――団長に、なんと伝えればいい。
押し寄せる苦悩。救えなかった、彼のことを、頼まれたというのに。
「…………リーダー…?」
「…?」
背後から聞こえて来たルーキーの不思議そうな声。
何かあったのか、とランサーが振り返ると、予想に反して、真っ直ぐに立ち上がっているリーダーの姿があった。
「リーダー、どうし……」
「私は諦めません」
「……なに?」
強い音と響きを持った声。
何かを決意しているような、力強い眼光。
「彼を必ず探し出します。そして我らの団へ、連れ帰る」
「……ああ、しかし」
「……彼の生命の是非は、………いえ、問う問わないはこの場合重要ではない。"彼"を見つける。どんな姿でいようと必ず」
「……一体、どうしたんだリーダー 何故…」
「約束をしました。我らの団団長と。そして、彼自身と」
―――セルレギオスのクエストを完了させたら、一ヶ月ほど休暇を取るようにする
―――……本当か?
―――ああ。そうしたら、一緒にユクモ温泉に行かないか?
―――……分かった。
―――約束だな。
―――……約束、だ
リーダーは暫く目を閉じていたと思うと、「ルーキー」と呼びかけ、
「すぐにガンナーに連絡を。旧砂漠周辺地域一帯に出しうる限りで捜索班の編成と、付近を移動しているハンター諸氏らに協力要請を命じるよう伝えてくれ」
「…! はいッス!!」
ハンターを目の前で失い、憔悴するような様子は一切見られなかった。
どうしたことだろうかと、ランサーは少なからず疑問に、そして不審に思ってしまう。ランサーの予想と、リーダーの実際の言動が予想に反していたのだ。
どうしてもそれを指摘せずにはいられない。どうしてだ、と。
「……何故でしょうね。自分でも、明確な理由も、確固たる意思もないのです」
「ではどうして?」
「どうしても、私には彼が"死んだ"とは思えない。 いえ、もしかすると心のどこかではそう思っているのかもしれない。けれど、私は自分の眼で見たものでしか断じない。彼が死んだというのであれば遺体を見つける。見つからないのであれば、生きているものとし捜索を続ける」
―――そう考えてみると、自分でも驚く程この事態を冷静に受け入れることができました。
「……そうだね。彼を見つけるまで、捜索を続けよう。勿論私も助力を惜しみはしない」
「ありがとうございます、先輩」
「しかしギルドの方はどうだろうね。早々に捜索を打ち切ってしまいそうだな」
「だとすれば、私はひとりでも動きます。彼を探すために今の職と地位がしがらみになるのであれば、すべて棄ててしまっても構わない」
リーダーの眼は本気だった。
グッと力強く拳を握り締め、決意を断固たるものと示している。
リーダーの良い部分が顔を出しているなとランサーは嬉しく思った。
強情で、一度こうだと決めると絶対に後には引かない。
自分の中で決めたことは、必ず成し遂げようとする意志の強さ。
そしてその矛先が、すべて「我らの団ハンター」というたった一人の個人にのみ向けられているのだから、強靭だと言って過言ではないだろう。
「熱烈だね、リーダー。君はすっかり、頼もしくなっていたようだ」
「……自分では分かりかねます。しかし、"頼もしい"と思われるようになれたのなら幸いだ」
「なぜ?」
「彼にも、そう思われたかったからです」
リーダーが踵を返す。彼はもう、一切渓谷の方を見はしなかった。
そこに彼はすでに、いないのだと。物言わぬ彼の背中がそう物語っている。