千年先の雨のにおいがした | ナノ
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「旦ニャさん!!!!」




横になっていたオトモアイルーが飛び起きる。
そして叫び声を上げながら立ち上がり、走り出す。
痛む手足で砂を蹴り、頭上高くを飛び去って行くセルレギオスと――その鉤足に拘束されている我が主人を追いかける。
しかし距離は離されるばかり。体を転がすようにして倒れ込む。





「………!! あれを撃ち落とせ!!!」




かつてないほどに声を荒げた筆頭リーダーは、強い口調でガンナーに指示を飛ばす。
その様子に一瞬"怯み"を見せたガンナーだったが、「え、ええ!」と頷き肩に掛けていたボウガンを構え照準スコープを覗き込む。

我らの団ハンターを攫い何処かへと飛び去ろうとするセルレギオスは前後上下不覚なのか、フラフラと飛翔しており翼の動かし方もどこかぎこちなく、放っておいてもいずれどこかに墜落しそうな様子である。
しかし筆頭リーダーの言うとおり、落下しても柔らかい砂がクッションとなる現在の砂地帯でヤツを撃ち落しておかなければ、セルレギオスの鼻先の向こうに見えているのは切り立った岩場と、崖が連なり、砂漠のオアシスと通じ先の海へと流れ込む川のある大きな渓谷だ。

リーダー、ランサー、ルーキーはそれぞれセルレギオスの後を追った。
空中を飛ばれられれば、此方からかけられるモーションは数限られてくる。
ルーキーは閃光玉を持ち、光で叩き落そうと試みたが、前述の通りセルレギオスは前後不覚で、視線を一定方向に向けない。首をもたげたかと思えば持ち上げ、項垂れたかと思えば上を向いてけたたましく鳴き声を上げる。

それよりも三人の心臓に早鐘を打たせている理由は、セルレギオスが一度羽ばたくたびに揺す振られるハンターの顔色が徐々に青褪めて行っていることだ。遠目から見てもそれが見て取れるように、空中からぶら下がっている状態の両腕に力が入っておらず、血の気が引いている。
セルレギオスの鉤足が食い込んでいる両足から、地面に向かって空から落ちる雨のような雫が、ぽとぽとと垂れて砂に染み込んだ。



セルレギオスとハンターから視線を逸らさないまま走り続けているリーダーは、吐き捨てるようにして言い募る。


「まだかガンナーァ!!! 早くヤツを…!!」


分かっている。そう叫ぶリーダーの気持ちに応えてやりたい。

しかし、ガンナーは既に撃ち放っていた一弾目を外していた。
ランダムに位置を変えるセルレギオスのどこに照準を合わせるかは容易いとしても、万が一撃った弾がハンターに被弾しては目も当てられない。何よりももしそうなった場合、ガンナーは一生自分を苛むだろう。
そんな"恐れ"のような何かを飲み込んで撃った弾がセルレギオスの頭上を大きく通り過ぎて行った。二発目を装填し照準スコープを覗く間も、セルレギオスは動き続けている。


「…………もしかして、あのセルレギオス……」


スコープからセルレギオスの動きを観察していたガンナーは、そこであることに気付く。

――あのセルレギオスはもしかしたら、眼が見えていないのではあるまいか。



そのセルレギオスが突如として空中で転回し、後を追っていたリーダー達の方へ向き直ったかと思うや否や、全身を大きく膨らませ、体全体を小刻みに揺らし、体中を覆う鱗を三人に向けて発射した。
「! 危ない!!」「!」
撃ち出された刃鱗が地上で炸裂し、その破片は防具の上から三人の体を容赦なく切り刻む。
しかしセルレギオスはその刃鱗を三人目掛けて放ったのではなく、無差別に、あらゆる方角に向けて撃っていた。
あらぬ方角へと飛んで行くそれを見ながら、三人も気がつく。
あのセルレギオスは、方向感覚を喪失しているのか。だが、それでどうする。危険が増すだけだ。こちらの有益になるとは思えない。


「ぐ……っ!」
「リーダー!!」
「だ、大丈夫ッスか!?」

刃鱗を受けたリーダーがガクッと膝を折り、砂地に手足をつく。
慌てて二人が駆け寄ると、リーダーは「問題ない…!」と言うが、体のあちこちに深い裂傷が見られる。

「そうだ……確かリーダーの防具は裂傷倍加が…!」
「…っ 私のことはいい! 彼を…!」


視線を向ける。セルレギオスは再び空中を大きく旋回しながら、また再び渓谷方面へ向かって飛び始めた。




そのリーダーの視界に、ハンターの姿が映る。

眼を開いているのも辛い状態だろうに、それでもハンターはリーダーを見ていた。


―――あ。











どうして、辛そうな顔をしている。
――すまん。
違う。何故だ、何故謝る。
――俺のせいだ。
違う
――俺が油断していたからだ。
違う!
――こいつをちゃんと殺していれば、お前やみんながそんな風に傷つくこともなかった
ならば今この場で殺せばいいことだ!
――ああ頼む。一撃でいい。こいつを叩き落してくれ。俺なら平気だ。 何処に落ちようとな。
ああ ああ、理解した。必ず、必ず――!

――……。
















「ガンナーー!!!」







――ダァンッ!









ガンナーが撃った銃弾は、所定の位置からターゲットとの距離まで遠くありながらも確かな軌道を描きながら、真っ直ぐに、セルレギオスの右翼を貫通した。
続け様に連射された銃弾は全て一点を穿ち、分厚い鱗の壁を突破する。

まともに攻撃を喰らったセルレギオスは大きく咆哮し、一気に体勢を崩す。

「やった…! 姐さんさすがッス!」

喜びの声を上げるルーキー。しかし。


「…………え…?」

「……!!!」



セルレギオスは、落ちてこない。

狂竜ウイルスが傷口から漏れ出ていることを気にも留めずに、片翼だけの飛行を続けている。
しかしその動きは先ほどまでのものよりも大幅におかしい。
フラフラと飛んでいるくせに、それが徐々に加速をつけている。
最早とてもではないが、人間の足では追いつけない程のスピードだ。


「……狂竜状態であるために、急に受けた激痛に鋭くなった感覚器官の高感度に悶えているのか…?」


ランサーが低く呟く。唖然と、呆然と。



そしてやがて、セルレギオスは力尽きようとしているのかどんどん飛行速度と高度を落としながら前方を飛んで行く。





その、行き着く先には 「…待て」


深い渓谷 「待って、くれ」


激痛に悶えながらも、脚の力を緩めはせず 「頼む」






――セルレギオスは、ハンターと共に、渓谷の内部へ飛び込んで行く。





「………!!!!」









ドォン! 大きな音が聴こえてくる。
その音の正体を ひとり高台から見ていたガンナーは何であるかを視認していた。

渓谷へと落ちて行ったセルレギオスが、そのまま前方の岩壁に勢いよく突っ込んで行った音だ。
凄まじい衝撃と、ガラガラと崩れていく岩肌に、巻き起こる砂埃。



ガンナーは、自身の手で口元を覆った。

頭部から突撃し体を強く打ちつけたセルレギオスが、ぐらりと揺れ、渓谷の下へと落ちて行く。



その鉤爪から解放されたハンターが


 セルレギオスと共に落ちてゆく光景





「――――――――! ―――!!」




遠く。
弟弟子が彼の名を口にしながら、渓谷の中へ飛び出して行こうとしているのを 追いついたランサーとルーキーが必死に止めているのが見える。




「………ニャ……」


「…!! あなた……」


ガンナーの後ろから、ボロボロのアイルーが駆け寄って来ていた。
その小さな肩の上に、飛び立っていた鷹が留まっている。


「旦ニャさんは………どうなったニャ、無事かニャ……?」


その言葉にも、ガンナーは強く唇を噛んで、眼を閉じるだけしか返せない。