千年先の雨のにおいがした | ナノ
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

24

「もう私、我慢なりませんっ!」


そう言うとお嬢は自分の所持品である"超☆メモ帳"を抱えたまま、憤慨した様子でクエストカウンターの椅子から立ち上がりドンドルマを出て行こうとした。背中には自作のカエルバッグを背負い、表情には怒りと憤りが見られ、前へ前へと動かされる細い足は荒っぽい動きをしている。

彼女がそんな行動を取るのも無理は無かった。我らの団ハンターの消息が知れず、続報が入らない状況が続いていたこの数日間の鬱憤が抑え切れなくなったのだろう。
「ハンターさんが帰って来ないならこちらから伺います!!」
――彼女は本気だ。今は団長がその肩を掴んで引き止めている。何事か言っているようだが、俺のいるところまでその声は届かない。


隣の加工屋の娘が、落ち込んだ声を出す。


「………ハンターさん 私の新作デコ、帰ったら見てくれるって ゆったのにな……」

手持ち無沙汰に装飾品をクルクルといじっている所在無さげな姿も、すでに見慣れたものだった。
フン、と、俺も思わず溜息が零れる。
こんなにも槌の振るい甲斐がなかった日々もない。
ドンドルマを訪れる他のハンターたちが素材を提供し装備の作成を依頼してきても、まったく心が浮かばれない。心配事があると槌が曇る。祖父の教えには無かった。



我らの団ハンターのクエスト帰還が遅れるとき、決まって俺はこう思う。


――もっと俺が、彼に上質な武器を造って渡せてやれていれば。

――もっと俺が、上等な防具を作れるようになっていれば。

――彼の生還率はもっと高くなるのではないだろうか。




知らぬ内に拳に力が入っていた。槌の柄が、握力によって半分に折れる。

「……おっしょさん……」

娘が視線を寄越す。なんと言えばいいのか、俺にはわからない。







「……雨が降って来たな」


受付嬢を引き止めていた団長がそう言って空を見上げる。
確かに、石畳の道に徐々に黒い斑点が出来上がる。ポツポツといった量から、シトシトと降り出した。

しかし空は晴れている。
太陽が雲の間から顔を覗かせており、清清しいまでの晴天だ。


「わ…… わぁ〜! なにこれ、ナニコレ!?どーしてお空は晴れ模様なのに雨が降ってるの!?」
「………"天気雨"だな」
「テンキアメ?」
「空が…晴れているのに……降る雨のことだ」


不思議そうにしていた加工屋の娘に教えてやると、
「へぇ〜!!私、こんな雨初めて見た!」
と、加工屋の軒下から外に飛び出し、興味深そうに上空を見ている。



「…………」


団長と受付嬢も同様に、黙ったままそれを見ていた。すると団長が帽子を直しながら、


「……ほら。雨が降って来た。出かけるんじゃないと、我らの団ハンターがお嬢に言ってるんだこれは」
「……………本当に、ハンターさんが私に"大人しくしてろ"って言ってるんですか?」
「ああ。 そら、濡れてしまうぞ。屋根の下に入ろうか」
「…………、……はい……」


促され、すごすごと元の椅子に腰掛けた受付嬢は暗い顔したままだった。

団長は帽子を被りなおしながら、半ば空を睨みつけるように一瞥すると、クルリと踵を返し大老殿に続く階段を上がって行く。大長老のもとに新しい報せが入ってないかを確認しに行くつもりだろう。


きっと、我らが望むものはそこには届かない。

あのドンドルマの門をくぐり帰って来るハンター本人の姿でなければならないはずだ。




「………おっしょさん なんだかテンキアメって、悲しい雨だね」

隣に戻って来ていた加工屋の娘が言う。
ひどく大人びた顔つきで吐かれた言葉だ。

「………そうだな」