千年先の雨のにおいがした | ナノ
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「み〜〜〜ん〜〜〜な〜〜〜!!!!」


騒々しい声が、遠方からでもしっかりと届いてくる。
声の主――ルーキーはブンブンブンとはち切れんばかりに手を振りながら走っていた。ぜぇはあ、と息せき切って必死に走っているのが表情から見て取れる。
しかし、そんなルーキーの傍らを走ってくるガンナーの顔は、いつもとは違い"無表情"の中に一抹の"不安"と"心配"があるような色を浮かべていた。余裕綽綽としている彼女にしてみれば珍しい顔だ。ランサーは俄かに表情を引き締める。


「………………」

「……顔色が悪いな」
「……、へ あ、ああ……」
「………」


何を気にかかっている。リーダーは短く、ハンターに問いかけた。どう答えればよいものか、ハンターは戸惑う。「嫌な感じがするんだ」果たしてそう口にしてもいいものか。リーダーならば、ハンターの言うことをにべもなく否定したりはしないだろうが、憔悴しきっているハンター自身の杞憂である可能性の方が十二分に高いのだ。

何せ、もはやこれ以上、なんの"恐れ"がある? 敵は倒した。もういない。そうだろう?


「……何でもないよ」
「…………」
「…本当に、さ」
「…………あまり」
「ん?」

「私に気を遣わないでくれると、嬉しい」

そう言って、リーダーは半ば"懇願"するような、縋るような視線をハンターに向けた。

"頼ってくれ、私を"、"もっと"

口よりも雄弁な彼の眼がそう告げてくる。
その視線と、込められた意味のむず痒さに、ハンターは眼を逸らしつつ頬を掻いた。

更に何事か告げようと口を開いたリーダーだったが、
「お待たせしましたッス!!」の声が掻き消した。

肩で息をするルーキーと、「リーダー」冷静なガンナー 表情はやはり険しい。


「狂竜セルレギオスを討伐できたのね」
「ああ」
「ハンターさんも、よかったわ。ちゃんと手足もついてるようだし」
「はは…おかげさまで」
「ガンナー そちらの手筈は」
「ええ、滞りなく。必要なら、今すぐにでも観測班に一報を入れられるわ」
「そうか。なら…」
「でも少し待って」
「そッス!伝えなきゃならないことがあるッス!」


顔の色を青褪めさせながら、ルーキーはガンナーと共に見た光景のことを話す。
「セルレギオスが、一頭行方不明…?」
リーダーとランサーはすぐにそれがどのセルレギオスのことであるかを察する。
ハンターの方も暫く考えた後、自分のことを巣まで運んだ、あのセルレギオスのことだと気付く。再度この場所にまで戻り、狂竜セルレギオスと交戦してから状態を把握していなかったが、どうやら狂竜セルレギオスとの戦いに敗れ、地に伏していたのだろう。
それが、いなくなっていたと。


「ど、ど、ど、どこに行ったと思うッスかあいつ〜!?」
「瀕死ではなかったけれど、遠い距離を飛べるほどの余力があったようには思えない…まだ旧砂漠地帯のどこかにいるかも知れないと思っていたのだけれど、リーダー達は見ていない?」
「ああ…見ていない」
「それらしい影はどこにもな。ハンター君は、どう思う?」

ハンターは迷った。この胸の予感を、話すべきかと。
自分のハンターとしての勘が、「セルレギオスはまだどこかにいるはずだ」と告げている。しかし、「だから、それがどうした」と言う自分がいるのもまた事実だった。

あのセルレギオスは、比較的、気性はそれほど荒かったようには思えなかった。
かと言って、曲がりなりにもヤツもセルレギオスなのだ、甘く見るなと言う自分。
しかし一頭目のセルレギオス、そして狂竜セルレギオスの両者と対峙し、そのどちらにも遅れを取り、憔悴しているだろう。
違う、ああ、頭がこんがらがってきた。つまり、そう、言いたいことは


「そのセルレギオスが現れたところで、大した脅威になりはしない」



「……何故、そう思う?」
「……、…っ」


しまった。今、俺は口にしていたのか。


ハンターが後悔したが時既に遅く、リーダーは問い詰めるような表情で迫って来ていた。


「しっかりするんだ。このような巨大なセルレギオスと対峙したことで感覚は麻痺していないか? セルレギオスは通常種である時点で大変な脅威なんだぞ」
「り、リーダー…」「しっ、ルーキー」

「普段の君ならば、遅れは取らぬだろうし苦戦を強いられることもないだろうとも。しかし、今の君の状態を鑑みればそれに当て嵌まらないのは明白ではないか。いいか、くれぐれもモンスターに対して油断や慢心をするな」
「………」
「此度は我々が……私が、命を賭してでも君を援護する。安心をしてくれと言いたいところだが、何が起こるか分からないんだ。……ああ違う、そう、ではなく……」
「……ああ」
「………頼むから、あまり、強者にならないで、ほしい」
「…ああ」
「…私は、君の、君自身が持つ感覚を大切にしてほしいと、そう思う。 呑まれないでくれ、何もかもに」
「…分かった」
「………すまない。拙く、稚拙だった。自分でも何を言っているのかよく分かっていない。……許してくれ」
「いや。いい。分かったよ。ありがとう、リーダー」


ハンターのその言葉に、リーダーはほっと安堵の息を漏らした。ぎこちないながらも笑みを浮かべながら。


応急手当を受けて横になっていたオトモアイルーが、かすかに聞いていたのか、
「旦ニャさんは……ここぞってトコで爪が甘いニャから……油断しちゃダメニャ…」
なんて言って、髭を揺らしている。やれやれ、危ないところで生き返っておいて、すぐに説教だ。案外、リーダーとオトモアイルーは似たところがあるのかも知れない。


「……じゃ、そういうわけなら、消えたセルレギオスについては警戒しつつってことでいいのかしらランサー」
「ああ。連絡を取ろう一先ず」
「そうね」
「リーダー!ユクエフメイだった現地ハンターの皆はちゃんと保護したッス!医療班とかの手配をー……」
「分かった。そちらもすぐに……」


四人は培ってきた連携を遺憾なく発揮しているようで、四人がそれぞれ今すべき事にむけて早々に動き出している。思わず舌を巻いたぐらいだ。ハンターは、いつもこんなとき一人だったから。

しかし呆けてばかりもいられない。自分もなにかやれることをやろうと、動き出そうとしたところでふと、斃れている狂竜セルレギオスの方に視線が吸い寄せられる。今何かが、視界の片隅で動いたような気がした。
「……?」
不可解に思いつつも、疲弊した身体を引きずるようにしてそちらに近付いて行く。
セルレギオスの胴体、取り分け切断面の生々しさの残る首周りと、地に落ちた頭部。
その辺りから、蠢いている、いや、これは、漏れ出している……


「……狂竜ウイルス…!?」


さんざ苦しめられてきた、瘴気のような狂竜ウイルスが狂竜セルレギオスの首、手、爪の先からどんどん漏れ出して来ている。
靄のように流れて行くソレは一定方向に動いていて、何かに"引き寄せられている"かのような動きを見せていた。


「バカな…!? なんで狂竜ウイルスが…… !?」


一際キツイ頭痛がした。何かに首を引っ張られるようにして、上空を睨みつける。


「どうした!?」

ハンターの様子に気がついたリーダーたちが作業の手を止め、同じように空へ視線を投げかける。







――5人のハンターが一斉に視線を向けた上空
――そこへ突如として、空間を切り裂くような、"あの"金切り声が鳴り響く。










――ギキィ キシャアアァアア゛ァアアア゛アァアア











「!!」
「!?」
「な、なんスか!?」
「これは…!!」
「…っ!」



――セルレギオスの鳴き声だ。しかし、通常時の時の咆哮よりもガラついたこれは……



「"狂竜状態化"している……!」



「いけない!」
「ちょ、ちょっと待つッス!どうして狂竜状態になってるッスか!?」
「……恐らく、この狂竜セルレギオスと交戦した時に発症していて……」


筆頭ハンターたちは三者三様の反応を見せながら、自身の武器を構える。
そして筆頭リーダーは、すぐにハンターの方へと向き直り、少し離れたところに立っていた彼が最優先だと、走り出す。


「どこだ、どこから……」


そしてハンター自身も視線を彷徨わせ、セルレギオスの咆哮が聞こえて来た方角を探ろうとするが、やはりもう、正常に頭が動いていない。脳の回路が太陽の陽によって焼ききれているようだ。



落ち着かなくしていた鷹が、ハンターの肩からバッと飛び立つ。


あ、と それを目で追う。


―――その刹那。





「―――ッあ!?!」





突然の反動。そして浮遊感。 逆さまになった視界。

遠のいてゆく、地上。


何事かを叫んでいるガンナー、ランサー、ルーキー、オトモアイルー。

リーダー。






「…………っ! テ、メェ…!!」




ハンターの下半身を食い千切るほど力強く鉤爪で捕らえ、頭上高く飛び続けているのは 狂竜ウイルスに侵食されている、件のセルレギオスだった。