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怒気を孕み、感情のままに脚を動かし、乱暴に、最早自分の意思で動いているのか、それとも身体が動くままに、ただ心はそれに追随しているだけなのか甚だ分からない。
ただそれでも、狂竜セルレギオスは狂うように走っていた。自分の眼前を走る金色の人間ではなく、その奥で待ち受けている"あのハンター"しか見えていない。
今の狂竜セルレギオスは、あらゆる面から見て「盲目」状態だった。暴力的な力に突き動かされ、ただヤツの肉を引き裂かんとする。
そんな狂竜セルレギオスと対峙する 三名のハンターはお互いの目配せを合図に、一斉に動き出す。
「―――フンッ!!」
狂竜セルレギオスの直線上を走っていたランサーは即座に横へと飛びのき、がら空きとなったその背後へとすかさず回りこみ、自身の体と大盾による強烈な体当たりをぶちかました。
巨躯全体を揺らがすようなことは出来なかったものの、走行により勢いづいていたことと、砂漠の斜面を駆け下りていたこと、そして極度の疲労困憊と相俟って、狂竜セルレギオスは前につんのめるようにしながら砂地を 我らの団ハンター、筆頭リーダーたちが待ち構えている方へと荒々しく動いてゆく。
しかしそこで待ち受けているのは人間たちだけではない。
砂の中にうずもれながら、今か今かとその瞬間を待つ 大量の大樽爆弾の数々。
「―――!」
狂竜セルレギオス、爆破圏内に到達――
筆頭リーダーは二刀の細剣を構え、砂地を駆け出し、大きく飛び出す。
数ある大樽爆弾その内の一つの前へと降り立ち、轟々と近づいて来る狂竜セルレギオスを見据え、ギリギリまで引き付け、そして――
「はあッ…!!」
細剣を足元の大樽爆弾へと突き立てる。
衝撃を受けた大樽爆弾内部の着火装置が作動。大きな爆音と共に、強烈な爆風と爆発が巻き起こり、周囲に仕掛けられていた他の大樽爆弾が次々と誘爆を起こし、辺りには一瞬にして大量の砂埃と塵が舞い上がった。
発生した爆風を利用し、背中に爆熱を受け、火傷を追いながらも背後へと飛びずさっていた筆頭リーダーは、砂塵に襲われつつも両目で盛大な爆破に巻き込まれている狂竜セルレギオスの姿を確認する。
狂竜セルレギオスは、爆発であちこち削げた鱗や皮をボロボロに崩しながら、よろめくように動き、そして大樽爆弾と共に設置されていた落とし穴の上へと移動した。
「ギィィイイ゛ア゛ア゛アア゛ッッ―――!!!」
………不愉快なまでに、耳障りな叫び声だ。
様を見ろと零したくなる気持ちをグッと堪え、確かに落とし穴へと掛かった様子を視認する。
筆頭リーダーは己の背後を振りかえり、
「――行け!!」
「――応ッ!!」
武器を構えた我らの団ハンターが走り出す。筆頭リーダーを目掛け。
腰を落とし、両の掌を重ね、前に差し出すように構えている筆頭リーダーの手に、ハンターは飛び乗る。
掌にかかる重量を受けながら、筆頭リーダーは渾身の力を込めてハンターを上空へと押しやった。
――高く、高く。 ハンターは跳躍する。
眼下に蠢く、罠にかかった巨大狂竜セルレギオス
焼け爛れた瞼の下に、未だ恨めしげな光を宿し、ギィギィと鳴き続け、もがけばもがくほど絡まり脱出が困難となる罠から抜け出せずにいる
愚かで、いっそ
「…………手間かけてくれたな」
憐れだ。
ハンターは愛武器――海王器ナバルレガリアの刃を下に向ける。
そして空中で方向転換し、そのまま重力に従い、勢いをつけながら猛スピードで滑降していく。
躊躇いも何もない。
憐れだとは称したが同情はない。
赦しもしない。
生き長らえさせもしない。
お前はここで朽ちるべきだ。
「………そして、これは……」
脳裏を過る。いつも共にあった明るい声。
「―――相棒の分だ。」
ズドン―――
重々しい音を立てながら、ハンターは狂竜セルレギオスの首めがけて刃を立てた。
鱗が焼け、皮の剥げた剥きだしの首はハンターの刃を吸い寄せるように迎え入れ、狂竜セルレギオスは最期、一筋の声を上げることはなく、ゴトリと首と胴体を切り離す。
強張っていた全身の骨から順に身体が脱力していき、狂竜セルレギオスの身体は音を立てながら地面へと投げ出された。
大量の血液を 砂に染み込ませながら。