千年先の雨のにおいがした | ナノ
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リーダーからの命令であった、観測班と合流し付近にいるであろう狂竜セルレギオスを発見し伝えることに成功した筆頭ガンナーは観測班と別れ、一人旧砂漠を駆けていた。彼女が持つ身軽さと相俟って砂地を走る彼女の足取りはまるで羽が生えているかのようだった。
足場のいい場所を選び、歩調を速める。なるべくすぐにでも、狂竜セルレギオスと、件のモンスターの近くにいる我らの団ハンターを発見し加勢しているであろう仲間たちと一刻も早く合流するために。

そしてガンナーは、筆頭リーダーたちと別れた元の砂漠地帯にまで戻って来る。
此処までくれば、狂竜セルレギオスを観測した地点まではもう一走りだ。
踏み込む足に力を込めた時、背後から彼女を呼ぶ大きな声がした。


「ねえさ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!」


「……ルーキー!」


大きく手を左右に振りながら、隣のエリアから砂の斜面を駆け下りてくるのはルーキー。
慌てていながらも、表情には明るいものが浮かんでいるところを見ると、よい知らせがあるらしい。


「現地ハンターの皆を見つけられたのね?」
「うっす!ユクエフメイだった現地ハンター二人、ちゃーんと救助したっす! 発見した時は二人とも虫の息で結構ヤバイ感じだったっすけど、今はもう大丈夫っす!回復の兆しバシバシ見せてるっす!」
「そう」

イマイチことの重大さと深刻さが伝わってこない話しぶりなのはもう慣れている。ルーキーが手当てし、救助報告を入れ確保まで持ち込めたのなら、言葉の通り「もう大丈夫」なのだろう。

「リーダーからの命令をちゃんとこなせたってことね。お手柄じゃない。ふふ」
「っすよね〜! 姐さんの方も、これからリーダーたちに合流するっすか?」
「ええ。狂竜セルレギオスを発見して、今は交戦してると思うの」
「マジっすか!やばいっす、早く助けに行かないと!」
「そうね」


頷きあい、二人は再び走り出す。




乾いた大地に、砂に埋もれた遺跡が見えてくる。

もうすぐだ。この先では、二頭のセルレギオスが息絶えている。


「…………あれ?」


隣を走るルーキーが不可解そうな声を上げた。ガンナーも、その声の意味に気付いた。


死亡している二頭のセルレギオスのうち、一頭は硬い岩の上で、四肢をてんでバラバラの方向に投げ出したまま、頭部を食われて絶命している。
此方は既にかなりの腐敗が進んでいて、見るも無惨な死体となっていて、まだ同じ場所に骨と皮だけが取り残されていた。以前発見した時と変わらない、同じ様子のまま。

しかし。


「……姐さん。確か、もう一頭セルレギオスが、あそこに死んでませんでしたっけ」
「………ええ。…その筈ね」

死亡していたうちの二頭目のセルレギオスは、我らの団の鷹が発見した。
小高い砂の山の上に埋もれるようにして倒れていたはずだ。二頭目もまた傷だらけではあったが腐敗はしておらず、原型を保ったままの死体となっていた、発見した、当初は。


「……セルレギオスの死体が無くなってるっす!!」
「…………」

そう。
いない。

確かにここにいた筈のセルレギオスが、"いなくなっている"。


「どどどどどういうことだ〜!? まさか、どっかの何かにバックリと食われちゃったんすかね!?」
「…………あの時。わたし達がここにいたセルレギオスを発見した時、本当に絶命しているのか視認する前に、現地ハンターチームのガンナーがやってきて、意識が逸れてしまったのよね」
「あ…た、確かにそうっす。俺ら、よくは調べてなかったっす…」
「もしかしたら……あの時まだ、こちらのセルレギオスには息があったのかも知れないわ。生きていた、死んではいなかった。だから横になっていた間に飛び立つ力を貯えて、どこかに行ってしまったのかも知れない」

冷静に分析と考察を述べたガンナーに、ルーキーは恐る恐る、訊ねた。


「…………"どこ"に?












痛む足を、痺れる腕をがむしゃらに動かしながら走る我らの団ハンターの背後から、猛然と迫り来る狂竜セルレギオスが発射した刃鱗を ハンターの背へと到達する前に、双剣を振り上げながら叩き落した筆頭リーダーの額からは、多量の汗が滲み出していた。

この旧砂漠というフィールドを覆う太陽の熱と
初めて対峙する"狂竜化状態"の大型モンスターから発せられるプレッシャー


――彼はいつも、"こんなもの"と対峙していたのか


湧き上がるのは激情と、形容しがたい怒り。
筆頭リーダーの前を走る我らの団ハンターの背中を見やりながら、ぐっと唇を噛み締めた。

 護らなければ。何としても。


あの日、ドンドルマの防衛の任務を終え、師匠からハンターナイフを譲り受けたあの時に、"今度は私が護る"と誓ったのだ。






「はぁ、っ…! ついて来てるか、リーダー!!」
「ああ!!問題ない!」
「そりゃよかった! で!次はどっちだ!!」
「右だ!! …そろそろランサーの姿が見えてくるはず……!」




「リーダー!! ハンター君!! こっちだ!」


高低差のある足場の悪い岩場地帯を 大砂漠方面に向かって引き返すようにして走っていると、前方の開けた空間に バベルを構えて誘導している筆頭ランサーの姿が、確かに見えた。

筆頭ランサーから見て右側には旧砂漠唯一のオアシスに通じる大きな湖
左側は岩山と遺跡が立ち並び、その奥には旧砂漠にある崖の中でもかなりの全長を誇る大きな谷がある。
そして中央で まるで大きな要塞のように立ちはだかっている筆頭ランサーの前にあるのは、



「………落とし穴か!」
「あそこへ狂竜セルレギオスを誘い込む!! 何とかあそこまで走り……――!! セルレギオスが飛び上がったぞ!!」
「っ!」


慌てる筆頭リーダーの言葉に釣られるように、上空を仰げば、太陽をバックにして飛び上がる巨大な影が見える。

まだ、ランサーの立つ合流地点まで距離がある。タイミング悪く追いつかれ誘導が失敗する前に、一度前方地点で叩き落しておいた方が懸命ではないか。

ハンターの脳裏で最善の流れが導き出される。
叩き落し、上空から地面へと、今一度誘き出さなければ。


走るのを止め、背に背負っていたチャージアックスを構えようと手を伸ばそうとした時、目の前にリーダーが割り込んだ。


「君はこのままランサーのところまで走り続けろ!アレを誘き寄せる役目は私が受け持つ!」
「!? おい、何言ってる!どう考えても、誘導するのは盾持ちの俺の方が適任だ!」
「何も囮とは防御に特化した者のみが行うものでもないだろう!今はそれより、君自身のコンディションを考慮し動くことが先決じゃないか!」
「俺なら平気だ!だから俺がやる!」
「駄目だ!お願いだから私の言うことに従ってくれ!」
「お前こそ強情な…!」


「こんな時に言い争っている場合か二人とも!!」

「!!」
「っ!」


言い争う二人の頭上へと飛び掛ってきた狂竜セルレギオスの鉤爪から、二人を庇ったのはバレルの盾を構えたランサーだった。
黄金色の重厚な盾を しっかりと地と、己の足と腕で固定し、ガキン!と大きな音を立て弾き返す。
狂竜セルレギオスは反動により、一度上空へと飛びずさった後、衝撃で痺れる足をこすり付けるように地面へと降り立った。舞い上がる砂埃を受けながら、事態から逸早く復帰したリーダーが申し訳なく謝罪の言葉を述べた。


「……先輩、申し訳ありません。醜態を…」
「……………」

「……君たち二人の言い分はどちらとも正しいさ。が、何もそれを"二人"だけで解決しようとしなくていい。 つまり、君たちの意見を両方採用すれば、私が一番囮として適役ということだ。誘導は任せてくれ。君たちはこのまま走るんだ」

「……!了解!」
「……すみません」

言葉と同時に、二人は走り出す。背後では、ランサーが槍と盾を構えなおす音がした。

隣を走るリーダーが、チラリとハンターに視線を寄越す。なにか物言いたげだ。
分かっている。短く頷き、「悪かった」とハンターは口にした。
リーダーは驚いた表情を浮かべたあとすぐに視線を前方に戻し、「…私の方こそ」と言った。そんな場合などではなかったのに、何たることだと自己嫌悪に陥りながら。


二人はランサーが設置した罠のある地点にまでやって来た。
見ると、砂の中に隠すよう見事に設置された落とし穴の周りには、大樽爆弾がいくつも埋まるように仕込まれていた。近くには簡易の発火装置があり、その数もまた数え切れないほどだ。ランサーの手際の良さをここに来て実感する。急ごしらえで用意されたにしては、あまりに大掛かりすぎる。


「よし…此処まで来れば…!」
「ああ……ランサー!!」


二人の姿を視認したランサーは狂竜セルレギオスの猛攻を掻い潜り、迫り来るその鼻先を盾でひっぱ叩くようにして薙ぎ払う。重い一撃を喰らい、狂竜セルレギオスは束の間、目を瞬かせた。
今だ。ランサーは武器を仕舞い、ハンターとリーダーのもとへと急いだ。


そしてハンターとリーダーも、武器を構えて迎え撃つ。
そろそろ決定的な一打を奴に与えなければ、と、一抹の焦燥に 三人ともが駆られながら。