千年先の雨のにおいがした | ナノ
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

19

それぞれの思惑を知らず、御託どころか言葉すら必要ではない。
人間同士が同じ状況に立たされた場合、どうしたって「言葉」がついて回るだろう。
罵倒、惜別、怨嗟、様々な思いが言霊に込められ、それは隔たりなく相手に届く。
だがしかし、この場にいるのは、一人の人間と、一匹のモンスターだった。
互いの命を賭けあう営みの壇上に、一切の対話は不要である。





「……… っ!!」


先に飛び出したのはハンター。
火傷によるズキズキと指の腹一本一本に針を突き刺されているかのような痛みを押して、彼は愛用の武器を構え、低く腰を落とした体勢を取り、相手の懐に入り込もうと試みる。
対する狂竜セルレギオスも、首と腰を低くさせ、両翼を大きく広げ迎撃の形を取った。潰れた片目には赤黒い血がこびり付いている。


刃と鱗。交じり合わせた両者のそれからは、剣戟のような快活とした音が響いた。

 ガキィン――! キィン――!

刃こぼれした剣に、セルレギオスの刃鱗が何度も穿たれる。
力でセルレギオスに押し負けぬよう、不安定な足場である砂地に足をかけ踏ん張ろうとしているハンター。その足もまた、現地ハンターのリーダーに簡易的に手当てをしてもらっただけで、足首にはまだ鈍い痛みが残っている。


――ギィアア゛!


大きな嘴を開き、ハンターの顔に突き立ててやろうと狂竜セルレギオスが頭を動かす。ハンターはそれを横転して避け、拮抗していたその場から一歩二歩と飛びずさって後退した。そして再び足で強く砂地を蹴り、特攻する。
狂竜セルレギオスはその場で身体を半回転させ、自らの尾を撓らせながらハンターに向かって鞭のように叩きつけた。それだけで、ゴウッと、文字通り砂塵を巻き上げるような暴風が起こる。


「ぐっ――! ちくしょ、……ッ」


不意の突風に足元を取られ、軽く尻餅をつくようにしてハンターが倒れこむ。ハンターの体が通常の状態ならば、この程度の風圧に押されることなどなかった。たまらず悪態が口を吐いて出る。

勿論、相手側の好機でもあるその瞬間を狂竜セルレギオスは見逃してなどくれない。
両翼をはためかせながら高速で空中へ飛び上がり、獰猛なまでの鳴き声を上げながらハンター目掛けて滑空する。
一度目の鉤爪はかわせたが、二度目の猛攻は受け切れなかった。

容赦のない圧力が、ハンターの身体全体にかけられる。
「しま……っ!」
 拘束された こんな状況下で――!


ハンターを足元に捕らえた狂竜セルレギオスは天を仰ぎ見るようにけたたましく鳴いた。


まるで、歓喜に打ちひしがれるかのような。

まるで、積年の恨みをぶつけられる相手を 掌中に収めたような。


本来ならば舌なめずりさえしていたのだろうか。
しかしながらこのセルレギオスの口から出て来たものは舌ではなく、どす黒い瘴気である。



「っ! テメ、この……は、な……せっ!!」


手足の自由を封じられている今、この状況に対して取り得る残された対抗手段は、近づいてくるセルレギオスの頭部に頭突きを喰らわせることぐらい。だがそれも絶望的な手段だ。


―――ギ、キィイ……


 こいつ、笑ってる?



口から零れ出ている狂竜ウイルスが、ハンターの首元にまで垂れ落ちてくる。
セルレギオスはそのまま、
ウイルスの零れたハンターの首筋に喰らいつこうと頭をもたげた。


「く、そ……っ!!」


こんなところで、余計な怪我を負うわけに、は――

















 「そこを退けぇッ!!!」









―――差し迫った狂竜セルレギオスの顔を 猛然と打ち込まれた二本の細剣が貫通する。


眼孔の下、鼻孔を突き割り、狂竜セルレギオスは顔から大量の血を迸らせながら、絶叫を上げた。
身体を転回し、熱砂の上を 両翼を 尾を 鉤足を振り乱し、のた打ち、転げ回った。



セルレギオスの拘束から解放されたハンターは素早く立ち上がり距離を取る。

身体の自由が利くようになっても、窮地を救ってくれた存在を ハンターは眼を真ん丸にさせて見つめていた。




「――ようやく、君と逢うことができた」

ハンターの隣で手にしている双剣に付着した血を振り払っている男――筆頭リーダーは、ほんの少し、ぎこちなく笑った。

「……おまえ…… ほん、とうに来て、くれてたのか」

「当然だ。君の危機には、何を置いても駆けつけると誓っている」


強がりだ。ハンターはそれをすぐに察知した。いつもの笑顔よりも数倍堅い彼の表情筋が、それを容易に悟らせている。

何故俺とセルレギオスのいる場所が分かったのかと問えば、観測班と合流している筆頭ガンナーが見つけてくれたのだと教えてくれた。そうでなければ、未だこの場所のことを分からないでいたかも知れなかったと。


再会を噛み締めあうも、それも束の間。
二人はすぐに顔を引き締め、眼前の仇敵を見やる。


「まだ、もう少し歩けるだろうか?」
「おう。舐めてもらっちゃ困る」
「ではこのまま、ランサーの待機している地点まで後退する。君は先を行ってくれ。背後からの追撃は、私が引き受ける」


そう言って双剣を構えなおし、筆頭リーダーは力強い眼差しでハンターを見据える。

その時ようやく、ハンターの肩はほんの少しの軽さを取り戻したように思えた。


「……おし、任せたぜ!」
「ああ!」



もんどり打っていた狂竜セルレギオスが起き上がる。
先ほどよりも深い憎悪の色が灯る眼を、我らの団ハンター、そして筆頭リーダーの両者に向けていた。


二人もその動きを合図に一気に駆け出す。

足を取る砂を 踏み抜くように走り抜けた。






ふと、ハンターの眼下に、歪な影が落ちる。
何だ、と顔を上げ視線を空にやれば、太陽を背に、翼を大きく広げて旋回する鷹が飛んでいた。


「………、……団長……」