千年先の雨のにおいがした | ナノ
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せめてもう2℃、1℃でも構わない。旧砂漠の気温が下がっていてくれれば、我らの団ハンターの利き腕が陽光を浴びて火傷を負わずに済んでいたかも知れなかった。
彼が現地ハンター達に救出されるまで倒れこんでいた岩場は、照り付ける陽の光を浴びて焼け石状態だったこともあり、ハンターの全身は傷や怪我よりも火傷の割合の方が高くなっている。


鋭利な刃鱗が頬を掠め取る。地面に着弾しても、巻き上げられた破片に触れてもダメージを負う。
ガシュッと音を立て、内蔵ビンにエネルギーをチャージする。ひどく刃こぼれを起こしている剣先を 真正面に打ち据えた。


 ――早く倒れろ


恐らくそれは、我らの団ハンター、そして向かい合う巨大狂竜セルレギオスその両者が思っていることだ。
両者は互いに、相手が尋常でない生き物だという認識に改めていた。


特にそれは狂竜セルレギオスの方がより顕著であり、これまでセルレギオスにとって、"人間"とは"食物"以外の何物でもなかった。



セルレギオスは幼体の頃から異常であった。
いつからか己の体躯が通常の個体のそれとは大きくかけ離れ、力を持て余しさえした。己を産み落とした母親のセルレギオスでさえ、我が子の異常さを本能で恐れ、育児を放棄し、まだまともに飛び方や狩りの仕方を教えもせずに巣と子を棄てた。己を置いて巣を飛び立って行く母親の姿を見上げて鳴いた。
大柄な体躯は狩りにおいて支障しか来たさなかった。
通常、セルレギオスは高速で飛び回り、餌となるモンスターに奇襲をかける形で相手を仕留める。しかし未熟な頃からその体躯が仇となり、高速で飛び回ることが難しく、また相手のモンスターに気配を察知されてしまう。結果として餌となるモンスターには逃げられ、空腹のまま一日を過ごすことがよくあった。
なのでセルレギオスは、早期から餌となる対象をモンスターではなく、人間に定めていた。
人間は楽だった。恐ろしく愚鈍で、向けられる殺気にも疎い。また抵抗する力もなく、大した力を労せずとも、容易く歯牙にかけることが出来た。問題は、人間の肉や骨や皮はあまり美味くないことだったが、質よりも量を確保することが幼い頃は大切だった。大柄の体躯に見合う力をつけ、早くこの身体を武器として扱うようにならなければやがては別の大型モンスターに狙われる可能性があった。
しかしたまに、楽な人間の中にも"面倒な人間"がいた。そいつらは自分の体と同じくらい大きな得物を担いでいたり、気配や殺気に敏感であったり、群れをなして助け合いセルレギオスの襲撃を退けることさえあった。
今までセルレギオスが出くわした人間は、すべてセルレギオスが喰らっていた。だから誰もセルレギオスのことを知らなかった。けれどセルレギオスの手から生き延び、逃げ果せた人間が稀にいた。その人間たちが人間同士でどのようなやり取りをしているのかなどセルレギオスは知る由もないが、人間が、狩りが楽な餌でなくなったことは確かだった。
けれどセルレギオスはすでに幼体期を追え、成熟期に入っていた。
身体は肥大化する一方ではあったが、同時に力も貯えられていた。
故にセルレギオスは、「速さ」で動くことをやめ、持ち前の「力」を駆使して戦うと定めることにした。飛び回って撹乱するのではなく、一気に相手を肉で押し潰し、爪で剥ぎ、嘴で喰らうことにした。
セルレギオスの身体を包む刃鱗もまた、セルレギオスの強さに関連している。セルレギオスの持つ刃鱗は、傷を受ければ受けるほど洗練され、研ぎ澄まされ鋭利さが増す、という特徴がある。故にセルレギオスは戦いを繰り返し、傷を受け、己をより強靭にさせていく。やがてはその体躯に見合うだけの力をつけ、周りにいたモンスターたちを片っ端から喰らい尽くしても、渇きは収まらなかった。
そんな頃の話だ。
棲息していた地域の生態系を狂わせんとしていたセルレギオスの前に、あるモンスターが現れた。
そのモンスターはセルレギオスと同じかそれ以上に大きな体躯をしており、暗緑色の鱗に覆われ、それらを取り巻くように流れる赤黒いエネルギー波を要しており、異常個体であったセルレギオスよりも数段異常な風体だった。
相対し牙を剥いたセルレギオスに対しても怯む様子もなく、そのモンスターはガバッと凶悪な口を開き、ギラギラとした鈍い輝きを放つ牙を見せ付けるように挑んできた。
――腹が減っているのだこいつは
本能的にそれを察知したセルレギオスは果敢にもそのモンスターに飛び掛り、いつものように押し潰してしまえと自慢の身体を大いに振るう。
セルレギオスとそのモンスターの戦いは日中夜続き、やがて飢餓状態のまま自立を保てなくなった相手モンスターの方が根を上げ、巨体を揺らしながら逃げていった。追いかける気はしなかった。セルレギオス自身もすでに満身創痍であり、鱗の一枚も動かす力はなかったのだ。それを見定められなかった相手モンスターの観察眼の低さに救われたのだろう。それを実感することは、セルレギオスにとって屈辱以外の何物でもなかった。

セルレギオスは疲れていた。大きな、大きすぎる身体を地面に投げ打つと、辺りに乱立していた木々は薙ぎ倒された。
ぐったりと弛緩し、久方ぶりの「疲労」の余韻に浸りさえした。このままここで倒れていれば、やがて新手がやって来るかもしれない。しかし手足が動かない。もう少し回復のために時間が必要だった。

そこに、望んでもいない、新手がやってきた。


星も、月も、輝きなど一切通さない木々に囲まれていたこの場所に、更に淀みのごとき暗黒を纏わせた異形。暗紫色の大きな翼を広げ、発達した角と共に震わせながら、セルレギオスを真っ向から見据えているソレ。

その新手がセルレギオスの前に姿を現したところまでは、セルレギオスにも"自我"があった。

臨戦態勢を取ろうと、己の身体に鞭を打ち立ち上がろうとしたことも覚えている。
だがしかし、そこからの記憶が不明瞭であった。
新しく現れた異形のモンスターが口から吐き出したブレスをまともに浴びたところから。
セルレギオスはセルレギオスではなくなっていた。

身の内から内蔵の全てを引き裂かれるような激痛が走る。
脳の神経を焼かれたような激痛。
手足、尾の先に至るまで、全ての器官が壊死するような激痛。
視力を奪われ、闇の帳が落ちたような感覚。
体力を奪われ、体が地に縫い付けられるような感覚。


やめろ、
ヤメロ、
これ以上、


"この体を新しく構築するな"




それが、"セルレギオス"が最後に己の意思で念じた思いであった。
それからのことは記憶にはない。ただ気がつけば、目の前から新手は消えていた。"セルレギオス"の右の爪にはべっとりとした血が付着していた。


それから、"セルレギオス"を襲う「渇き」と「飢え」の比は尋常ではなくなっていた。
幾ら喰おうと、
幾ら殺そうと、
何処へ行こうとも、永久に満たされることはない。
それでも、
喰わねば
殺さねば
どこかに行かなければ。



この暗黒が、己の体から全て抜け落ちてしまうまで。

己を支配するこの暗黒に、打ち勝たなければ。


しかし、生半可な相手と牙を交えても効果は薄い。
もっと、力のあるモノとでなければ。
もっと、もっと。




"我が身を真に殺そうと向かってくるモノでなくては"









"セルレギオス"は確信していた。
その存在は、今目の前にいるこの「人間」であることを。

故に、"セルレギオス"は、この「人間」に固執する。

"殺すつもりで掛かって来い"と。

故に、"セルレギオス"は、何度でもこの「人間」を「迎え」に行く。

この「人間」のみを追いかけ、この「人間」を「探し出し」、



"セルレギオス"が「満足」するまで、この「人間」を"セルレギオス"は「殺す」。