千年先の雨のにおいがした | ナノ
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13

岩場を抜け荒地を抜け、何時間もかけて通ってきたルートをハンター達は逆走する。
来る時は何でもなかった岩場の隙間や、ぽっかり天井に穴の開いた洞穴なんかを通る際に、あそこからあのセルレギオスが顔を覗かせるのではないか、という不安が過るようになった。
幸いにも追撃はなく、残った二人が上手く足を止めてくれているのだと分かる。
適当な距離にまで来たら合流をしたかったが、この分だと三人で逸早くベースキャンプに戻る方が早いかもしれない。 そう、別ルートを辿っている筆頭ハンターたちとも連絡を取らなければ。


「……グッ…!」

「お、おい大丈夫かあんた」


リーダーとガンナーの肩を借りながら自分の足で歩いていたハンターが膝をついて崩れるように倒れこむ。両方の足は痙攣しており、ハンターは「ははは……ちょっと、もう、スタミナがなくて…」力なく笑うハンターは、この数日、水と野草しか口にしていないのだと言う。

「水と野草って……あんた、そんな身体で今まで…」

リーダーは驚嘆しながらも呆れたようにそう言った。
"とんでもない奴だ" 
そう称しはしたが、それは賞賛ではなく、畏怖だったのかも知れない。度し難い何かを見るような、そんな目をしている。

しかし、疲労困憊状態になりながら蹲った人間を追い立てて立ち上がらせる程ではない。

「どうするリーダー?ベースキャンプまではまだかかる。だが我らの団ハンターがこの様子なら、今すぐここで簡易的にでも手当てをするべきでは」
「…そうだな、道具はあるからここでも…。いや、まずその前にあんたは何かを食った方がいいな」
「こんがり肉を調達しようにも小型モンスターがケルビぐらいしか見当たらないな…。携帯食糧を食うか? それで駄目なら、すぐにホワイトレバーを調達してくるが」

リーダーとガンナーからの提案に、ハンターはゆっくりと首を縦に振った。「なんでもかまわない」痙攣が足だけではなく、腕、手、そして顔にまで及び始めている。
 ベースキャンプから出立して、数時間程度で彼を発見することが出来てよかった。あのまま単独でいさせていれば、本当に彼は命を落としていただろう。

「分かった。じゃあ俺はすぐにケルビを狩ってきます。リーダー、彼の手当てをお願いします」
「ああ任せろ。取れそうなら、別行動チームに連絡を出しておいてくれ」
「はい」

弓を携えて駆けて行ったガンナーを見送り、ふう、と息を吐いたリーダーはしゃがみこんでハンターと目線を合わせる。

「よし、じゃあ応急処置だが怪我を治しておくか。とりあえずこの回復薬グレートでも飲みながら、眺めててくれ」
「ありが、とう」

震える手で回復薬グレートを受け取り、背中に背負っていた武器を外す。少しだけ身軽になっても尚、ハンターは辺りを警戒するようにぐるりと見渡している。

「そう言えば、」
「ん? 何か気になるもんでもあったか?」

足の防具はところどころ破損し、隙間から流血している。止血薬を混ぜた包帯を取り出し、きつく固定するようにグルグルと巻いていると、ハンターが問いかける。

「別行動のチームと言っていたな。幾つかの旅団が捜索任務に当たってくれたのか?」
「ああそうだな。ハンターズギルドから要請を受けてな。別ルートから行ったチームは、どうやら自らハンターズギルドに『探しに行く』と名乗り出たらしいが」
「そうなのか……」
「…そう言や、どうやらそいつらはアンタの知り合いだったみたいだな。アンタの名前を口にして、顔をずっと険しくさせた男がリーダーだった。えー…そう、筆頭ハンターと名乗っていたか」

リーダーのその言葉を聞いた途端、ハンターは両目を大きく見張った。
そしてわずかに口元がほころばせながら、

「………そう、か……。あいつも、俺を………」


だがしかし、ハンターの喜びの表情は長くは続かなかった。すぐに険しい表情を浮かべ、焦ったように
「…いや、駄目だ。あいつが、いや皆があの狂竜セルレギオスと出くわしてしまえば………! 残った二人も心配だ、すぐに合流しなくては…!」

「お、おいおい待て待て!せめて全体の手当てと、ガンナーがアンタの分の食糧を持って帰るまでは休んでいろ!」
「けどな…!」
「それにアンタ、装備と武器しか持ってないじゃねぇか。丸腰もいいとこだな、ポーチはどうしたんだ?」

リーダーの指摘に、ハンターは素直に告白した。リーダーは笑うでも怒るでもなく、自分の腰につけていたポーチを叩いて提案する。

「失くしたんだろう?だったら俺の手持ちを分けてやるから、準備を整えてだな……」



突如として、巨大な影が辺り一帯を覆うように落ちる。
息も吐かせぬ間。引き攣る喉と、ビリビリと肌に直接突き刺すように感じる威圧感。
視線だけで四肢を引き千切られそうな錯覚、いや、本当に、錯覚なのかこれは?




「……お、い…どうして、あのモンスターだけが、此処にいるんだ…?」

「っ…!もう追い付いてきやがった…!」






「アイツ等は一体どうしたって訊いてんだッ糞モンスターが!!」


刃鱗が地面に突き刺さる。瘴気が零れ落ちているセルレギオスの嘴に、赤い何かが付着しているのが見えたような気がした。