千年先の雨のにおいがした | ナノ
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大砂漠を通るルートを選んだ筆頭ハンターたちのチームとは別の方角から旧砂漠入りを果たした現地ハンターたちは、痩せた大地に生える草花を食べているケルビの群れを横切り、高い木々に覆われ陰の落ちたオアシスを抜け、強風と砂塵が行き交う開けた岩場に足を踏み入れる。


「……アプケロス達が怯えていますね」
「警戒しろよ。この辺りは怪しい」


グォウ、グゥオと鳴きながら後ろ足で立ち、上空に視線を彷徨わせて怯えているアプケロスの様子は、ハンターたちに用心を抱かせる。

慎重に足を運び、息を殺して、岩場を縫うように移動する。
そして、ハンターの一人が小高く隆起した岩の上に立つと、


「―――リーダーいましたッ!!あそこです!!」

「なに!?」


物見役でもあるガンナーの隣に立ち、指差された方向へと視線を転じると、岩場に仰向けになって倒れている傷だらけの男。遠目からでも出血が酷いことが見て取れる。付近に大型モンスターの姿はない。

「急いで助けるんだ!あれが報告にあったハンターかも知れん!」
「はい!!」

坂を滑り降り、障害を避けながら、駆け寄った男の息は荒い。が、生きていることが重要である。

「おいアンタ!大丈夫か!?」
「………ぅ…、…?」
「あんた、我らの団のハンターだろう?助けに来たぞ、起きられるか?」

肩に手を回し、腰を支えて起こそうとすると、男は「だめだ…」とか細く呟いた。

「逃げ、ろ。またアイツが、ここに戻って来る……」
「あいつ…?」

男が大きく咳き込む。苦しげにしながらも、空に視線を這わせている。

「逃げた、セルレギオスを、あいつが追いかけている。もうじき、ここに戻って来る。危険だ、ここを、離れろ」
「ああ分かった、此処にいるのは危険なんだな?じゃあ移動しよう、あんたも一緒にな」

ガンナーにも手を貸してもらい、両側から男を挟んで立ち上がる。見れば、男は足に大きな切り傷があった。おそらく岩場で切れてしまったような、不規則な傷痕。立ち上がる際もよろけ、この男が独りでどんな戦いを繰り広げていたのかを想像して、身震いがした。

しかし、"逃げたセルレギオス"を"あいつ"が追っているとは、一体どういうことなのだろうか。

そんな疑問が生まれた瞬間、空を見ていた男が大きく叫んだ。

「伏せろ!!!」

その声と呼応するように、上空から何かが猛スピードで滑空してくる。だんだん明瞭となってくるその物体の正体に、現地ハンターのリーダーも、ガンナーも、一番後ろで殿を務めていたハンターも眼を見開く。―――なんだ、アレは。頭では分かっている。アレは、モンスターだ。セルレギオスと呼ばれる、最近になって出現報告が頻繁に上がっている希少なモンスター。
だがその巨大さが、尋常ではない。肉体を包んでいるドス黒い瘴気――狂竜ウイルス――、"あれに関わってはならない"と、冷静な精神が警鐘を打つが最早遅い。鼓膜が張り裂ける程の、轟音のような咆哮と共に、巨大セルレギオスは地面スレスレを高速で駆け抜けて行く。男が「伏せろ」と指示をしなければ、指示をするのが一歩遅ければ、あの獰猛な鉤爪の手にかかっていただろう。


「な、な……なんですか、アレは…!」

空中で旋回し、再び狙いをつけている巨大セルレギオスを見ながら、ガンナーが絶望に似た響きを口にする。
付近を取り囲んでいる岩場や、アプケロスなどの小型モンスターと比べると、あのセルレギオスの巨大さは尋常ではない。あんなのと相対しながら、まさかこの我らの団ハンターは何日もの間生き延びてきていたのか?馬鹿な。どうなってる、あのセルレギオスも、このハンターも。


「……あの、黒いウイルスには、触れないように気をつけ、ろ」
「あ、あぁ…有りがたいご忠告だな。だがまずは、ここを一旦離れて、あんたの介抱をしたいんだが…」
「……き、来ます!!」

巨大セルレギオスが空中で身を屈める。また突撃してくる――!



「閃光玉持ってないか!!!」

「  え?」
「せ、閃光玉?」
「アイツの片目は俺が既に潰している!もう一つの眼を眩ましてしまえば、アイツは空中でバランスが取れずに落下してくるだろう!」
「そ、そうか!!」
「早く!」


号令を飛ばされ、殿を務めていた狩猟笛を持つハンターが閃光玉を投げる。位置よく、放物線を描いて投げられたそれは丁度セルレギオスとハンターたちの間に落ち、強烈な閃光を放ちながら爆発する。爆発前に眼を閉じて光に備えていたハンターはともかく、巨大セルレギオスには効果覿面だった。大きく鳴きながら、バタつきつつ地面に向かって真っ逆さまに落ちて行く。


「ようし!今だ、行くぞお前ら!」
「我らの団ハンター、もう少しの辛抱だ頑張ってくれ」
「ああ……だがこのまま全員で背を向けて逃げるのは、危険だ、俺も注意を引きつけるから、徐々に後退して…」
「そんな身体で何を言ってる!」

「リーダー、先に移動していてください!」
「な、なに!?」

狩猟笛と、片手剣を構えたハンター達は地面に落ちて未だ眼を潰されている巨大セルレギオスを見据えながら言う。

「俺たち二人で注意を引きます。その間にリーダー達は別エリアに逃げ込んでください」
「な、無茶だ!あのセルレギオスはそんな事では…!」
「見縊ってもらっては困る。ボロボロな貴方よりかは我々の方が動けるさ」
「…っ!」

それは強がりなどではなかった。初めて相対するモンスターであっても、それが異常な個体であろうとも、一歩も引かないという信念はハンターの誰もが持っている強さである。

「そう教えてくれたのは、あなたですよねリーダー」

二人は笑う。二個目の閃光玉を用意しながら、「さぁ、早く!」 声に押されるようにして、リーダーは一歩前に出た。彼に抱えられている我らの団ハンターの身体も、もちろん前へと行く。


「頼んだぞお前たち。少しだけでいいんだ。充分引きつけたと思ったらすぐに合流してこい。いいな?」
「ええ、勿論です」
「任せてくださいよ」
「そういう事らしい。行こう、我らの団ハンター」
「あ、ああ………」


リーダーとガンナーの両肩に身体を預けながら、ハンターは後ろを振り返る。二人はもう此方を見ていなかった。