モンハン夢 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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雪のように


君は雪のように美しいな


異性を褒める時の言葉が、自覚があるくらい少なかった男はその言葉を誉め言葉のつもりで言った。
幼い頃から病気がちで肌の白い女だった。普段は体を冷まさぬよう衣服を纏い、暖の焚かれた室内で薬を飲んで床に臥せるのが常だった女が、今日は調子がいいから外に連れ出してほしいと言い、そうと請われれば応えるのは惚れた弱みであり、愛してやまぬ妻だったからだろう
ガウシカの皮で作った防寒着で簀巻き状態にした妻を横抱きにして、雪が積もる庭に出る
下ろしてほしい、自分の足で雪を踏みしめたいと言うから、男は慌てて戸口から雪沓を取ってきた
そろそろと足を出して、庭の真ん中で空から降りしきる雪をほう、と見上げている女を眺めていて出たのが、冒頭の台詞だった

男はしまった、気にしただろうか、と顔を歪めたが、

「嬉しいです」

妻は………ユキはそう言って笑った 幾つになっても幼さの残る顔の頬が、珍しく上気しているのを見て男――カンベイは気恥ずかしく俯いた。一目ぼれをした妻の笑顔に照れたのだ。しばらく長期の狩猟任務で家を空けていたから、たまに見たその顔が元気そうで安堵もしていたが

「もう冷える 戻ろう」
「はい」

ユキの体をまた抱えようとして屈んだ夫を制し、「手を繋いで一緒に歩いて家に戻りませんか?」と訊ねた
そうしたいならば、と頷いて手を取る。普段、防具と手甲で覆われ武器を手に持つ己の手に、妻の柔らかく細い手はあまりにも小さく脆い気がして怖くなる。ちゃんと食べているかい?と訊ねると、「近所の方からシモフリトマトを分けて頂いたので、スープにして飲みました」とよい子の報告にウンウンと頷いていると、繋いだ手にギュッと力がこもる

「カンベイさん いつも皆を護ってくださって、ご苦労様です」

凛と強い美しい瞳が まっすぐに見てくる

「……いいんだ それが俺たち、ハンターのやるべき事だから」


――遠方の村周辺で発見報告のあった、大型飛竜種の討伐任務だった
最初は、このクエストを受ける気はなかった、移動だけでひと月を要すために時間がかかるものだったから
長い間、この家を空けることが、嫌で嫌で堪らなかったから

ユキと結婚する前は、こうではなかった
自分がどこにいようと、この子がこの世界のどこかで生きていてくれるなら、何よりの喜びだったのだ

しかし、一度手に入れてしまうと零れ落ちてしまうのが怖くて仕方がない

我が家の戸口を開けたとき、血を流したこの子が斃れていたらどうする
帰宅の号に、返事が無ければどうする
遠征任務中の自分のもとに、訃報が届いたらどうする…


「……俺の行いが、回りまわって君のためになると思うと、頑張れるよ」
「…カンベイさん…」


そう そう思わなければ、以前のように動けないときがある
誰にも言う気はないし、ハンター業に思うところがあるわけでもない


ただ、君の訃報が届いても きっと俺は君のところに駆けつけないだろう
苦しむ君を独りこの家に待たせ、きっと 君ではない誰かを助ける。自分たちの帰る家ではない家々を護る。君ではない誰かの命を守る。

伏せる君に恨まれるだろうか。それが少しだけ 怖いんだ


「恨むはずがありませんよ」


青白い血管が浮き立つ細い手が頬を包み込んで来る。温かい。俺の手なんかよりも、ずっと温かくて優しい手だ。君は俺を 恨むような人ではないと 全身がそう伝えて来る。


君を選べない 俺という男をゆるしてくれ。










「おとうさん?  あら、またこんなところでお昼寝して 風邪を引いてしまいますよ?」
「やあ お帰り」


隣の家に住むご婦人との井戸端会議から戻ってきた妻の手には、出かけた際には持っていなかったビニール袋が携えられていた。「庭の木に柿がようく生ったから持って行って、って言われたんですよ」妻の小さな手では握り切れないほど大きな柿だった。妻の旅行にも一緒に行く友人関係であるそのご婦人は、いつも大変に気前がいい。

「美味しそうだね」

縁側で昼寝をしていた体勢から戻ると同時に、妻が柿を手早く剥いて切って渡してくれた。うん、甘くていい味だ。

「その子と話していたんだけど、今度はドンドルマという町に行ってみたいなぁって思いまして」
「 もう次の旅行の話かい?先日帰って来たばかりじゃないか」

また友人と行く話だろうか、と少し肩を落としていると
「おとうさんと行きたい場所なんです!」
少し山の方ではあるんですけれど、そこへ行くまでに通っている汽車がSLを改装した寝台列車になってて多種多様なサービスを受けられるんだとか、それから

夢と希望は絶えないとばかりに、妻は少女のように目をキラキラと輝かせ楽しそうに笑っている。

血色のいい、紅潮した頬 末端まで血の通った温かくふくよかな手 自分の脚でどこまでも世界を見に行ける体

こんな俺を もう一度伴侶に選んでくれた、その心を


「……また こんなに近くで見られて嬉しいよ ユキ」




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