モンハン夢 | ナノ
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筆頭リーダーと、犬も食わない


いつも通りのことだった。

いつものように俺は、昼食をあいつ―ー筆頭リーダーと取ろうと思っていた。
今日は朝からクエストも受注していなくて、急を要するクエストがこちらに流れて来ることもなく、砂埃を連れては時たま吹く生暖かい風を除けば、カラッと晴れて気持ちの良い、いつものバルバレの一日となっていた。
ついつい、機嫌も良くなる。腹も空かせていたし、美味い料理長の飯をあいつと食べられれば、さらに機嫌は良くなること請負だった。

昼食に誘ったときも、リーダーは快諾してくれた。ルーキーとランサーを別々のクエストに出立させた後だったらしく、「ちょうど手が空いていた」と言って。心なしか手がソワソワと動いていたことも指摘しなかった。いつものことだったからだ。


お誘いが上手く行ったから、料理長のいるカウンターに行くまでの足取りは軽やかなものになった。隣を歩いていたリーダーを置いて行ってしまわない程度のスピードを保って、たくさんの行商人やハンターや旅行客が行き交う、賑やかなバルバレの大通りを横断する。
途中、何人か顔見知りのハンター達に声をかけられた。以前、合同の長期クエストで協力しあった旅団の者たちだった。急いでいたところだったらしく、お互いの調子を労い、手短に別れの言葉を交わした。「元気でな、我らの団のハンター殿」「そっちも」と俺がハンターの肩を叩いて見送っていた間も、リーダーは黙ったままだった。相手が目線を投げかけてきた時にだけ、眼だけで軽く会釈を返していたとは思う。「悪いな、行こうぜ」と言うと、「何か"悪い"ところがあったのか?」と首を傾げていた。


料理長の店にやってくると、ちょうど二人組のハンターが席を立つところだった。
「毎度ありがとニャルー!」と元気よく見送っていた料理長が俺たちに気が付くと、「旦那たち、よく来たニャル。今日は朝から客足がひっきりなしニャ。ニャハハ」と嬉しそうだ。持っていたフライパンとお玉をカンカンと打ち鳴らし、注文を催促してくる。その前に席につかせてくれ、と笑うと、「そうだったニャル」と笑った。

「リーダー、何食う?」

隣の椅子を引き、腰に下げていた二対の剣を腰のベルトから外し、自分の足の間に収めていたリーダーに問い掛けると、「君と同じもので構わない」と言った。いつものことだ。
「じゃあ料理長、いつものやつ2つな」 肉と野菜とご飯を混ぜ合わせ炒めて作る、あの料理が好きなんだ。確か料理長は「ちゃーはん」と呼んでいたことがあったけど。


料理が出来上がるまでの短い間は、いつもリーダーと何気ない会話を交わすのだ。
今日もそうしようとした。共通の話題は特になかったけど、何を言ってもリーダーは話に応じてくれる。だから「なあリーダー、」と俺が呼びかけようとした時、大通り側の席に座っていたリーダーの肩に、ポンと大きな手が置かれた。


「筆頭ハンターさんではないですか!」


「―――あなたは」
「……?」


リーダーに声をかけたのは、大柄な男。ジャギィ装備一式に身を包み、身の丈ほどある大剣を背中に担いでいる。
その男の後ろには、レイア装備に身を包んだ女性ハンターと、アロイ装備に身を包んだ男声ハンター。どこかのハンターチームなのかも知れない。

声をかけてきた男の顔を見たリーダーは一瞬固まったものの、記憶が思い出されたのか、男の存在に思い当たる節があったようだ。「――ご健勝そうで、何よりで」と相手を窺った。
「ええ、まったく!元気にハンター稼業を続けられてますよ!これも筆頭ハンターさん方のお陰ですがね」
――どうやら過去のハンターズギルドからの任務中に、ターゲットのモンスターに襲われていたのがこの3人組だったらしい。駆け付けた筆頭ハンターたちの助力のお陰で、九死に一生を得たのだそうだ。

「今は、筆頭リーダー殿おひとりですかな?」

……筆頭ハンターたちのことを指して言ったのだろうけれど、隣に俺がいる状況が見えているはずで「おひとり」と称すのはどうなのだろうか。 ついつい、テーブルに頬杖をついてしまう。料理長が作っている美味そうな料理の匂いが、鼻孔を突いた。

「他の者たちは別行動中で」
「そうですか。それは残念です」

男が言うと、今まで黙っていた後ろの女ハンターが前に進み出て来た。「あ、あの!」ガントレットをつけた手がフラフラと空中をさ迷っている。心なしか、顔が赤いようだ。陽射しのせいではないだろう。

「あ、あの時は、本当にありがとうございました!!」
「……いえ」
「わ、私を庇って前に立ってくださったこと、ずっと忘れません!」
「……そうですか」

―――おいおい。と、思わないでもなかった。
この女ハンターは明らかに感謝以上の気持ちをリーダーに抱いているようだった。そういう機微にあまり聡くはない俺でも分かる。でも俺よりもずっと鈍いリーダーは、一生懸命に話す女ハンター相手にも不愛想な顔をしたまま最低限の言葉を返すだけ。「当然のことをしたまでだ」と冷たく言い放ってしまわないかと、俺が何故かヒヤヒヤしてしまう。

そう思っていたんだ。なぜならそれが、いつも通りのリーダーだと思って。

けれど少しだけ、俺の認識は違っていたらしい。


「――貴女に怪我がなく、本当によかった」



――少ない口数のリーダーが言った、確かな労いの言葉。その稀有さは、俺のみならず女ハンターにも分かったのだろう。赤かった顔を真っ赤にさせ、「は、はい!」と手で胸を押さえながら頻りに頷いた。このまま熱でショートしてしまいそうだ。そんな様子を見かねたのだろう、隣にいたアロイ装備の男がそっと肩を押さえて後ろに下がらせる。女ハンターは後ずさりながらも「本当に、本当にあの時は…!」「か、かっこよかったです!」と言っていた。かっこよかった、と言われたリーダーは一瞬だけ目を丸くさせていたが、次の瞬間にはいつもの表情に戻った。

ちょうど料理長の方も料理が出来上がったらしい。男ハンターは「お食事の邪魔をしてすいませんでした。それではまた、縁があればどこかの地で」と別れの言葉を述べる。「ええ」と頷いて会釈をし、見送ったリーダーが体勢を整えテーブルに向き合う頃には、俺は頬杖をつくのをやめて姿勢を戻していた。


目の前に「ちゃーはん」と、ガーグァの肉を焼いて特性のタレに漬け込んだ料理が大皿に乗せられて運ばれる。

その料理に手をつけようと、蓮華を持った手がなぜか手前で固まった。
俺が食べ出してから自分も倣おうとするリーダーも、不思議そうな様子で手を止めた。窺うような視線が送られる。


「―――なんかさぁ」

「……? どうかしただろうか」


「妙なモノ、見たなって思って」


特に脳を介さず発せられた言葉は、ひどく意味不明なものになった。自覚がある。言った後に「お前なに言ってんだ?」と自問がした。ほら見ろ、リーダーも困った顔してる。


「…妙なモノ、とは?」
「……訊かれると、困る」
「……そうか」

何言ってるんだろう、困っているのは間違いなくリーダーの方だ。ごめん

「………意外、だったり しただろうか」
「あ。そう、それ。……え?」

「意外」なんて言葉がリーダーの口から出て来たこともまた意外だ。そんなおずおずと言う言葉でもない気がするが。

「意外…っていうか、まあ、そうだな。誰かと話してるリーダーの雰囲気が、前よりもなんか変わってた気がしてさ」
「…そうか。 ――だとすればそれは、君のおかげだろうな」
「 え、俺?」

「君が他者と会話している際の様子を見ていると、学ぶべきところが多く、感心する部分が多々ある。なので参考にさせてもらっている」

無表情のまま、リーダーはそう言った。さも当然と言わんばかりの表情だ。俺は一瞬それで納得しかけ、この会話を終わらせようとした。目の前には熱々の料理が並んでいる、早く胃袋に収めたい。でも、浮かんできた疑問は晴らさないと気が済まない、そんな己の性分に流されてしまう。


「リーダーは、俺が誰かと話してる時の様子をたまに見てるってことか?」


真っ赤だ。さっきの女ハンターのそれなんて、比較にならないぐらいの。
額から耳、そして首に至るまで、露出させている肌部分を真っ赤にさせたリーダーは「そ」と声を発し、続ける音が言葉にならないのか、ガントレット付きの手で目元を多い隠し、


「そう…だが…!」


と、声を絞り出した。語尾に非難や疑問や憤慨と言った様子は見られない。ただ、「問われた」から「返答した」に過ぎないと言った調子だった。

返答は肯定。

その事実が脳に届いた後、俺もなぜか釣られてほんの少しだけ顔が熱くなる。


「そ、そうか!
いやでも、そうしたくなる気持ち分かるぜリーダー! 俺もお前がルーキーとかランサーとかガンナーとか、街の誰かと話してる姿を見たらつい目で追っちゃうしな! 何なら少し面白くないから会話に混ざりに行ったりもするし、」

「 ……!!?」

「……あ いや、でもこれはその、なんというか」





「旦那方、食べないニャルか? 冷えて不味くなっても返品は受け付けんニャルよ!」




――蓮華を手に持ったまま、二人して顔を赤くさせて言葉を探して見つめあう俺とリーダーの姿を 訝しそうに見ていた料理長は、持っていたフライパンとお玉をカンカンと打ち鳴らす。
料理はとっくのとうに冷めていた。





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