モンハン夢 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
時に


「彼が、風邪を?」


「はいですニャ…」


温かいお湯の張った桶とタオルを持ったルームが言う。
「旦那さんが風邪を引いた」と。

申し訳ないことに、私はそれに気がついていなかった。
だが思えば、昨日の夜からずっと執務室に篭っていて寝室に戻っていない。だから彼の様子も知らないでいたのだ。居を共にする仲として、失念していたのを申し訳なく思う。しかし、だ。


「いつから容態が悪くなった?」
「昨夜の寝る前におやすみなさいを言った時はお元気そうに見えましたニャ…。でもでも、昨日の狩りから帰って来て、『疲れたからもう休むよ』っていって、お風呂に入って温まってくださらなかったのですニャ!」
「……なに?」




昨日、彼は昼過ぎから村の者達の頼みでドスバギィ率いるバギィの群れを狩りに出かけていた。それ自体はなんら不思議なことではなく、問題となったのは彼の帰還時刻が予定よりも大幅に遅れた、夜になってからのことだ。

 何でも、群れのリーダーであるドスバギィを狩りとって下山しようとした際、残っていたバギィの集団と出くわし、バギィらが用いる「睡眠ブレス」を背後から浴びせられて、二時間ほど雪の中で眠っていた後だったというのだから、こちらの頭がいたくなる。

幸いと言うべきか、完全に眠りに落ちる前にバギィの集団も掃討したために追撃を受けることはなかったと言っていたが、やはり頭がいたい。このことは彼の"慢心"ではなく、彼の"間の抜けている"部分が要因で招いたことだ。
予定よりも遅い帰還に心配をしていた身としては、無事に帰って来てくれたことは嬉しく思うも、その後で、「だるいから」と言ってそのままベッドに横になってしまったことは厳重に叱っておくべきだろう。無論、彼の容態が良くなってからの話だが。



「今、彼は?」
「ベッドに横になって貰っていらっしゃいますニャ。キッチンが温かい食べ物を作ってくれているので、起きていて待っていてくださいニャと言っておりますニャ」
「そうか……」
「主人さま、お顔を見に行かれるのでしたら今ならベストなタイミングですニャ」
「む……。 うん、そうだな。…だがその前に、彼に薬は?」
「ニャ、それが…… ちょうどお屋敷に保管してあったお薬が無くニャってまして、これから雑貨屋の女将さんのところへ行こうと」

「ならば、私が行って来よう」
「ニャ?主人さまがですかニャ?よろしいのですかニャ?」
「ああ。君たちは、どうか彼の看病を続けていてくれ。薬はすぐに持ち帰ってくる」
「ありがとうございますニャ!旦那さんのことは僕とキッチンに任せてくださいニャ」


その頼もしい言葉を受け取り、玄関脇にかけてあった防寒用コートを羽織って、家を出る。
瞬間、突き刺すような冷気が、ずっと暖かな室内にいた自分の頬に当たった。

彼は、こんな寒い中を二時間もの長時間、ずっと雪の中にいた。常人ならば、とっくに凍死していてもおかしくない。ホットドリンクの効力も、きっと眠っていた途中で切れていた筈だ。身につけていた防具だって寒さ対策が特別に施されていた代物でもない。それでも彼は二時間後には目を覚まし、その足で下山したと言うのだから、つくづく心配をしてしまう。彼と出会ってもうすでに長いが、風邪を引いているところを見たのも初めてだと言うのに、どうして私の頭もこれほどに痛むのだろう。




※※※




「あら、ごめんなさい。実はうちも、ちょうど薬を切らしていたところでねぇ…」

「……そう、ですか」


正直に言えば、酷い落胆をした。
しかし珍しいこともあるものだ。記憶にある限り、この雑貨屋の主人が、何かの商品を切らしている、と言ったことは、これまで見たことがない。


「坊ちゃんも知っているでしょうけど、うちで作ってる薬の原材料は雪山草なのよね? いつもはそれを取りにうちのモンが山に登ってくれるんだけど、近頃よくない影を見たとか何とか言って、行くのを渋るようになっちまっててさあ」
「よくない、影?」

雑貨屋の主人は大きく頷いた。身振り手振りを加えて、知っていることを話してくれた。

「そう!なんでもでーっかいモンスターの影だーって言うんだけどね?ほら、うちの主人、普段は大っぴらなのに変なところ小心者だろう?それでハンターさんにも確かめに行ってくれーってまでお願いしちゃったりして。 あ、もしかしてそれでハンターさん風邪引いちゃったの?本当にごめんなさいねえ坊ちゃん。後でキツく叱り付けておくわ」
「い、いえ。 ……程ほどに。――それでは、雪山草があれば、薬を作って頂けると?」
「そうだけど………あらヤダ、まさか坊ちゃんが取りに行くだなんて言い出すんじゃないでしょうねえ? いいのよ坊ちゃんがそんなことしなくったって!後で主人のケツ叩いて行かせますから!陽が落ちる前までには届けさせますから…」

此方のことを慮っての発言であることは容易に知れた。村の人々の、こういうところも、やはりどうにもむず痒く思えてならない。しかし、

「心配は不要です。私も、彼に逸早く元気になって貰いたいので」

「………あらあらまあまあ!」
「!?」
「そうよねえ!ハンターさんのこと心配ですものね!それなら坊ちゃんにお任せしちゃいますね!そうと決まったら少し待っててくださいな。雪山草が多く取れる場所を記した地図とホットドリンクと…ああ後アイゼンとピッケルもお渡ししましょうか!」
「い、いえ、それは、」


結局、両手で抱えきれないほどの登山用具を持たされるところだった。地図で場所を確認したが、とてもそれらの品々が必要になるほどの場所ではない。
丁重にお断りしてから、一度家に戻り、渡された地図と防寒具一式とを用意する。

ふと、空いた手を眺めて、頭の隅を横切るものがあった。
それは今頃寝室のベッドで横になっているであろう彼の顔だったような気もするし、然程遠くない昔にこの両手が握っていた愛武器のことだったのかも知れない。




prev / next