吠え叫ぶ雌火竜の咆哮が、一瞬で遺跡平原の大地を震わせた。
大剣を地面に突き刺し、身体を吹き飛ばそうとする轟風に耐える。耐える。耐える。やがて風は止まり、雌火竜は鳴き止んだ。暗緑色の身体がどさりと重い音を立てながら横に倒れる。
俺は、折れた右足を引き摺りながら倒れた雌火竜――リオレイアに近寄った。上手く進めない、前が見えないせいだ。疲労困憊のせいでひどくぼやけてしまっているし、こみ上げてくる何か水滴のようなものが邪魔で地面はおろか、目に焼き付けたくて仕方が無いリオレイアの姿でさえ視界に入れられない。待っているのに、あいつが、リオレイアが、俺が来るのをあんなにも待っていると言うのに。
「レ、イ……アぁ…」
鈍い紫の光で包まれていたリオレイアの眼に、通常の黄金色な輝きが戻ってきた。焦点の定まっていなかった目を前に、横たわったまま俺の姿を見ようと真っ直ぐに向けてくる。せめてその視界には入ってやらなければ。
口からも薄く漏れていた瘴気は無くなり、僅かに火の粉を含む吐息を零し、リオレイアは喉の奥から搾り出すようにして『グルルル……』と鳴いた。
俺は武器を捨て、ポーチを落とし、身軽になった状態で一気にその身体に走り寄る。最後の方はほぼ縺れるように転がった。
遺跡平原の高度な山頂の上は太陽の光が強く照らし出されており、それにより周りの風景は白と黒だけで出来るようなハイコントラストに覆われる。白くくっきりと光ったリオレイアの身体には、俺がつけた傷と、そこから噴出す血に塗れている。誰が見たって、重傷だ。死に、瀕するほどの。
「すまん……すまん…っ!」
――狂竜ウィルスに汚染され、暴れまわる雌火竜リオレイアの討伐
これは『我らの団』キャラバンに依頼されたクエストではない。
あくまでも、ハンターである俺の一存で成した仕事だった。
ただそれだけに、この行き場のない思いをどこへ向けて昇華させれば良いのかが分からない。
だが謝ったところで、俺がリオレイアを殺そうとしたことは変わらない事実
『……』
ああ、お前は一体俺に何を伝えようとしてくれている?
折角お前が何かを言ってくれそうだったのに、もうそれは鳴き声にもなれず、ただの空気と化してリオレイアの口から零れていく。
待ってくれ、行かないでくれ、俺はまだお前を見ていたいのに、
――ピキッ
「……何の、音だ?」
それは微かに聞こえて来た、何かが割れる音
俺はリオレイアに向けていた視線を周りへ移す。先ほど聞こえた音に反応して、リオレイアも同様に首を動かした。俺とは違う方向を向いている。
そこには、卵があった。リオレイアが護り、俺にさえも見せてはくれなかった、飛竜の卵が
――ペキペキッ、バキッ
あ、と口を開いた間にも卵はどんどん表面の殻を破り、
中にいたモノが動き、表層に顔を出そうと暴れている。
リオレイアがグルル…と鳴いた。我が子の誕生にを懸命に見つめていた。俺も、新しい竜の子どもの誕生の瞬間に、今までのことを忘れ夢中で見入ってしまう。
殻が割れた。薄い膜を突き破り、鉤爪のついた薄い翼が飛び出して来た。
『…ピキィ』
「あ……、」
それは、薄い茶色をした幼体の リオレイア
不揃いに生えた背中の棘、きゅっと細められた鋭い目と、嘴のような口先からピィと甲高い鳴き声が上げられる。
――見せなければ、と思った。横たわって動けないリオレイアに見えるように、近くへ連れて行かなくては、
生まれたばかりの幼体を優しく抱きかかえ、俺はリオレイアに駆け寄った。
「み、見ろレイア! お前の子だ」
リオレイアが懸命に瞼と、首を持ち上げる。
そして俺の手の中の子どもを視界に捉えると、表情がふっと穏やかになり、先ほどまでの痛みで悶え苦しんでいた時のものは消えていく。
だらりとした長い舌で、子どもについていた粘液を舐め落とそうとする。俺は慌てて、やり易いように子どもを地面に侍らせ、リオレイアの視界を霞ませようとしていた額から流れる血を布で拭き取ってやる。
『………ナマエ』
「…! ど、どうしたレイア!」
リオレイアが楽しそうな、嬉しそうな声で、笑う。
『――私の子、かわいい』
先ほどまで生命力を感じさせなかったリオレイアの顔に、明確に意識が宿って行く。リオレイアの体を蝕んでいた狂竜ウィルスの瘴気は疾うに失せてはいるが、それでもこの回復力は一体なぜなのだろう。自分の足に力を入れたリオレイアは、なんと立ち上がった。「お、おい!」まだふらついてはいるものの、真っ直ぐに身体を起こしたリオレイアに倣って俺も立ち上がる。
「…平気、なのか?まだ苦しいところは?後遺症とかは…」
『大丈夫よナマエ 生きたいの、私』
「…っ!」
そんな顔で、そんな目で、そんなことを言うなんて、俺は、おれは
「生き…、てくれぇ…!レイア…っ!」
それだけが今の俺の望みなのだから。
『大丈夫 だいじょうぶよナマエ 私は生きられる。この子と、あなたの為に、これからも』
「ああ、そうだな…! …くそぉ、なんで、泣けてくるんだ。こんなに嬉しいのに、すげぇ、夢みたいだってのに…!」
たまらず地面にしゃがみこんでしまう。涙は次から次へと、腕の装備を使って手荒く拭ってもまだ止まない。そんな俺を見かねたリオレイアが、肉厚な舌を伸ばして俺の頬を舐めて行く。そしてもう一匹――
『ピキィ』
「おまえ……! はは、なんだ…?お前も俺に『泣くな』って、言いたいのか?」
「ピィ」
「…は、…ははは、あははははは!」
――何をやっているのだろう、 おれは
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