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▼ オルキヌス・オルカ

「おれ、さっき街中でナマエさんを見かけたんだけどさー」


薬棚の点検をしていたシャチが手を休めて言い出した。

"ちゃんと掃除しろ"って怒っといたけど、シャチはまるで聞いてない。
どっか上の空でその当時のことを思い出している。
さっき、とは 自由行動中のことを指しているのだろうか。


「…シャチ、いい加減 ナマエさんのストーカー行為は大概にしとけよって」

「は!?し、してねーし!たまたまだっつー、どああああああ!」



どうだか。 動揺して脚立から落ちてる時点で疑わしいもんだ。

手を貸さずともシャチは独りでに起き上がった。かなり後頭部を強打したようで呻き声を上げている。


「…ペンギン、もっと真面目におれの話に耳貸してくれよ…」

「はいはい で、ナマエさんがどうしたって?」


おそらくシャチが島の街中で見たナマエさんは買出しに出かけてたんだろう。
船の整備に必要なものを買い付けに行くからとキャプテンからお小遣いを貰っていた姿を見たから。


「…ナマエさん、女に言い寄られてた」

「えっ」

「…ナマエさんてさぁ、やさしー人だから、多分上手くあしらえねーんじゃないかなって、思ったんだよなぁ」


そう言うシャチの顔はどことなく自嘲気味だ。


「…で、シャチはナマエさんを助けてあげたわけ」

「いんや」

「? 声をかけなかったのか?」

「…必要なかったっぽい。おれは」






シャチは言う


ナマエさんに声をかけていた女は、昼間だと言うのに深いスリットの入った赤色のドレスを着てナマエさんを誘惑していた。
手に紙袋を持っていたナマエさんの腕をゆるく取って、「ねぇ 私と夜まで楽しまない?」と言ったらしい。
声をかけられた最初は困ったような笑顔で拒絶をしていたけど、その言葉を訊くとナマエさんはとてもよく通る声で女性に訊いたのだ


「――あなたは、"トラファルガー・ロー" か?」


世界を賑わしている超新星の一人の名前を出され、女性は困惑する。
そして勿論女性はこう答えた。


――いいえ、違うわ。


ナマエさんは笑った



「 貴女がもしも"トラファルガー・ロー"であったならば、俺はあなたについて行っただろう」



やんわりと、優しい力で女性の腕の拘束から抜け出したナマエさんは そのまま何事もなかったかのように道を歩いて行ったらしい。

その背中を 後に残された女性の姿を シャチは後ろから見ていたのだ





話し終えたシャチは黙り込んだ。
脚立の上でもぞっと動き、三角座りで顔を伏せる。



「……うらやましいなぁ…」



ポツリと呟かれた言葉に、反応しなかった。

多分シャチも、反応してほしくなかっただろうと思う


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