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▼ でもね

ナマエの眼に一番最初に見えた現地民は、とても柔和な雰囲気のお婆さんだった。身に着けたエプロンの裾を持ち上げ、そこに幾つか木の実を落として運んでいた途中のその人は浜辺で立ち竦んでいたナマエを見つけ、親切にも様子を見に来てくれたらしい。「こんなところでどうしたの? 大丈夫かい?」優しい声音と言葉に、ナマエの涙腺は決壊する。辺鄙な場所に立たされていようと、お婆さんという存在だけはどうしてこうも優しく見えるのか。「此処は、何処ですか 」 帰れなくなりました、家がどこか分からないんです、助けてください。思わずそんなことを口早に告げる。お婆さんは「おや、まあ」と驚いてくれた。 ただ、その時のナマエは涙から顔を伏せていた。そのお婆さんが本当にナマエの哀れな境遇を慮ってくれたのか、それとも、ナマエの手にあった奇妙な果物を見て声を上げたのかは分からないが、「それは心寂しくなるわねぇ。わたしの家にいらっしゃい。温かいスープがあるよ」 柔らかくて小さくて優しい手 人を安心させるには充分すぎる。

「答えられることには、答えてあげないといけないわねぇ」

この島は"偉大なる航路"上にある冬島よ。島民の数が少なくて、正式な島名もないから地図にも記録指針にも載っていないけれどね。 親切から聞かせてくれた話を ナマエは一つも理解することが出来なかった。ぐらんどらいんと言う名前の海なんて、あっただろうかと地理の授業を必死に思い出す。駄目だ。授業中いつも寝ていたことがこんなところで仇になるとは。「…すみません、よく、分からないっす」素直に告げると、お婆さんは「そうかい、そうかい」気にした風ではないのが幸いだ。手を引かれて連れて来られた家は、木材で作られた素朴な外観をしている。「お入りなさい」 見た目の寒々しさとは裏腹に、室内は暖かかった。パチパチと音を立てながら、暖炉が火を焚いている。部屋の中央には椅子とテーブルがあった。

「寒かったろう。 ほら、お上がりなさい」
「ありがとう、ございます…」

スプーンと器を渡される。温かい。口に入れる前からそう感じた。お婆さんは戸棚からパンも出してくれ、薄着をしていたナマエの為に上着も持ってきてくれた。確かに気にしていなかったが、外はかなり寒かったようだ。意識すると途端に寒くなる、現金な体だ。遠慮がちに、しかし感謝しつつ与えられるそれらを受け取る。上着に袖を通すとき、ずっと持っていた果物が邪魔であることに気付く。何もかも分からないことだらけだが、これが一番わけが分からない。どうしてこれを持って立ち竦んでいたのだろう。

「そうだ まだわたしの名前を言ってなかったわねぇ。 わたしはリネマ、リネマよ」
「あ…お、俺はナマエ、です。 あの、コレ、美味しかったですリネマさん」
「いいえ どういたしまして」

そうだ、リネマさんにならコレが何か分かるかも知れない。ナマエは手に持っていた謎の実をテーブルの上に置く。「リネマさん、これが何か分かりますか?」摘んできた木の実をジャムにする準備をしていたリネマが、振り返る。そして暫くそれを見つめ、「…ごめんね、分からないよ」と言った。落胆はしない。そうですか、とだけ答えてもうそれの話をするのをやめた。だがナマエの意識はまだ、目の前の実に注がれている。

――食ったらどんな味がするんだろう。

およそ食べられそうなものではない、のだが、そんな好奇心が首を擡げ始めていた


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