一撃 | ナノ
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愛は犠牲になったのだ


「なぁ」
『はいっ』
「お前、怪人なんだよな?」
『そうです!』
「なのにさ、何でなんだ?」
『はい?』
「暴れたりとかしねぇの?」
『? した方がいいですか?』
「や、別にやんないならやんなくていいんだけど」
『やりません! 私、じっと大人しくしていますっ』
「…あ、そう」



買い物帰りに出くわした怪人は、以前から何度も見かけていた怪人だった。

日に日にゴーストタウン化が進みつつあるZ市には、時たま怪人が襲撃を仕掛けて来ることがある。だがその大体はサイタマが撃退してしまうし、ヒーロー協会に在籍するヒーローたちの管轄であればその者達が退治していた。
未だC級でウロウロしているサイタマは怪人の討伐を率先して行うタイプの人間ではないが、目に付いた怪人が悪さをしていれば懲らしめる。

だがどう言うわけかこの怪人――ナマエは、サイタマの住む自宅近辺で頻繁に姿を現す以外に目立った行動を取らない妙な怪人だった。


「……変な怪人だな、お前」

『ですかねぇ… でも私も最初は、このZ市で暴れる予定だったんです』

「え、まじか」

『はい』


見た目の人外さとは違い、本当の人間の女のような声色のナマエは、『あれは一週間前のことでした…』と回想を始めた。
もしかして長くなる話なのだろうか、だとすれば面倒くさいな、と思っているサイタマのことなど知らないナマエは『私の兄が、このZ市である一人のヒーローに殺されました』といきなりディープなことを告げてくる。


「あらら…それはそれは」

『とても強いヒーローだったらしく、兄は一撃で倒れてしまいました。お腹に風穴一発。私は一体どんな人間に殺されてしまったのだろうと、兄の死骸を前に好奇心が生まれてしまいました』

「……妹甲斐ないな」

『そこで現場に残っていた人間の匂いを頼りに、その人間の足取りを追うことに決めました』

「スゴいなお前…」

『これでも一応動物系の怪人ですから!』


サイタマに褒められたと思った怪人は飛び上がらんばかりに喜んだ。綻ばせた顔がやけに怖く、サイタマは渇いた笑みしか返せなかった。まだ話は続くらしい。早く帰って飯にしたいのだが。


『兄を殺した人間の居住を突き止めた私は、一目その姿を見てやろうと思い、物影に潜んで人間が家から出るのを待ちました』


自宅を襲おうとは思っていなかったらしい。兄よりも弱い自分が、強い兄よりも強い人間に敵う筈がないと怪人としては冷静な判断を持っていたから。
そしてナマエが物陰に隠れてから5分も経たない内に、怪人の気配を感じ取ったジェノスが「何かが潜んでいる」と言って飛び出して来た。そこで釣られて外に出てきたサイタマを見つけたのだと言う。


『その日は、あなた以外の人間が一緒におりましたので退散しましたが、どうしてもあなたのことが忘れられず、こうしてちょくちょく現れてる次第であります』

「…?……?? あれ? ちゃんと聞いてた筈なんだけど話の流れが理解できなかったぞ…? なんで俺のことが忘れられなかったんだ?」



呑気に訊ねてしまった自分を サイタマはすぐに後悔した。

怪人は化け物のような顔を女子のように赤く染め、やけにもじもじとした様子で


『……あなたに一目惚れいたしました』


とんでもない爆撃を浴びせてきた。


「ひと…っ!?」

『とても衝撃的な出会いだったのです。一目しか見ていなかった筈のあなたの、そのインパクトある様相を忘れられることが出来ません』

「え?え?そ、それって俺じゃなくてジェノスの方なんじゃ…」

『いいえあなたです! 何とも言えないシンプルな人間らしい姿…我等怪人のような派手ではない見た目なんて、まったくもって私の好みです!』

「趣味わる…!」



と言うことは、怪人はずっと、サイタマの姿を見るために頻繁に姿を見せていたと言うことになる。何と言う乙女然とした行動、そのおぞましい姿でよくやるものだ、とサイタマは思ったが辛辣すぎるだろうかと口を閉ざした。あまりのことに顔中汗を掻いてしまったが、なるべく平常心、平常心、と呪文のように繰り返す。


「そ、それで…な、なにが目的なんだ、 ですか」

『あなたとどうこうしたい気持ちは微塵もありません。ただお慕いしているだけです』

「で、でもだな。俺は一応、お前の兄さんの仇なんだぞ?兄さん悲しんでんじゃないのか?」

『弱者には興味ありませんし、もう兄は死んでおりますからどうでもよいのです』

「…あ、そう………」



どうしよう、これ。


もう笑うしかなかった。
ナマエが向かってこないのを良いことに、サイタマは一歩足を後ろにやり、次に全速力でその場を離れ自宅の玄関に飛び込んだ。
料理の下準備をしていたジェノスがその勢いある帰り方にポカンと口を開けているのが見えたが、そんな彼の様子を無視して、師匠はその外見からこの手の話には慣れていそうな弟子にヘルプを求めてみる。


「……なぁ、ジェノス」
「なんでしょう?」
「…お前に、訊きたいことがある」
「せ、先生が俺に…!? はいっ、なんですか!」

「怪人に惚れられた場合はどう対処したらいい?」
「……………俺が行って、その怪人を消しましょうか?」
「……いや、」


それはまあ、しなくてもいい、かな