一撃 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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親友パトロン


いつからこの家は「新婚夫婦が住む新居」になってしまったんだ?

リビングに寝転びながら、サイタマは自問する。
見るのもうんざりしたために外していた視線を 今一度確認するべく、キッチンの方へと戻した。やはりそこには、5分前と変わらない状況が続いていた。


「だから、水使う系のことは俺に任せろって言っただろ。ほら、お前はこっちで炒飯作ってろって」
「だ、駄目だ。ナマエこそまだ調子が完全ではないのに、座っていないといけないんじゃ」
「お陰様ですっかり元気になってるから気にするな!」
「…そもそも、今日のナマエは客人という立場なんだから、料理を作るのは俺だけでじゅうぶ」
「おらナポリタン一丁!!」
「あ、おいナマエ!」





というような流れを この二人はかれこれ30分前からずっとやっている。
元々、ジェノスとナマエが仲直り出来たらうちに呼んで飯でも食おう、と提案したのはサイタマだった。だがよもや、仲直りが済んだらそんなにベタベタするタイプだったのかと驚かずにはいられない。

ナマエという男のことはほんの僅かなことしか知らないが、ジェノスのことなら少しは知っているサイタマは、友人であるナマエに対して"あのような"ことになっているジェノスの姿に「ああ言うところを見たらファンクラブの女たちは歓喜すんだろうなぁ」と少しズレた見方をしていた。


結局のところ、その美味しそうな匂いがしている料理が無事に自分の胃袋の中に収まりさえすれば、些細なことはすぐに流すのだ。



「サイタマさん、お待ちどおっす」
「お、やっとか」
「お待たせしてすいませんでした」
「ジェノスが俺の言うこと聞かないせいで遅れたんだろ」
「な、ナマエの方こそ人の話を…」
「あー!分かった、分かったからやめろお前ら」


こんな近くでまた押し問答を始められては敵わないと察したサイタマは二人に制止の声をかけ、運ばれて来た料理にさっさと手をつけた。
「どうっすか?」
窺ってきたナマエに
「おぉ、美味いな」
と素直な感想を返す。
「それは良かった」
そう言って微笑むナマエの隣にいたジェノスも、ふぅと安堵の息を吐いている。
サイタマは、まるで自分が料理の鉄人になったような気分になった。



「ジェノスも料理作るの上手いけど、ナマエも上手いとかやるな」
「一人暮らし始める前に母親に指導されましたんで、自分の好物なら大体作れます」
「そっか、そう言えばJ市に住んでたんだっ……」


目に見えて二人が落ち込んだ。いやジェノスの方が落ち込む必要は無い。真に打ち拉がれているのはナマエの方である。


先日の海人族襲撃により、J市は大きな被害を受けた。大きな津波で流された沿岸部の被害も、海人族が市街地で暴れまわった影響により多くの建物が倒壊している。
その中に、ナマエの住んでいたマンションと、ナマエの勤めていた新聞社も含まれていたのだ。



「……ふ…ふふ…悪夢のようだった…退院したら俺の部屋は無くなってた……何言ってるのかは分かるとは思うが家財道具一式、服、靴、パンツ、その他諸々全部……辛うじて手元に残ったのは通勤鞄に入ってた財布と携帯………カスカスの預金通帳……会社の方も被害被ってて……小さい支店だったから上からの金も期待出来そうもないからって、ほぼ社員全員クビ同然みたいなことになりましたし……まじ文無し……」



この通り、すっかり自暴自棄になっている。
元々、今日サイタマの家にナマエが来たのは『ジェノスの仲直り記念会』の名目の下、路頭に迷うであろうナマエの保護も兼ねていたのだ。



「…あー、まぁその…元気出せって」

サイタマの無責任な慰めに、ナマエは「元気っすよ……身体はね……」と虚ろな笑顔を浮かべた。
哀れなほどの疲弊っぷりである。












「………ナマエ」
「んー…?どした、ジェノス…」

それまで黙って話を聞いていたジェノスが、おもむろに解決案を提示した。


「引越しをしよう」
「……聞いてた?俺の嘆き。いま文無しなんだって。しかもまだ住むとこの宛は…」
「このアパートには部屋がたくさん空いている。ここに越せばいい」
「え」
「…は?ここに?」


ジェノスは普段どおりの固い表情のまま頷く。

確かに、今サイタマが住んでいるこの廃アパートには他の人間は住んでいない。管理も手入れもされていない影響で外観がまず悪い印象を与えているから尚更人は集まらない。経営難全開で、管理者側も絶賛入居者募集中と言ったところだろう。もしかしたらサルとでも契約するかもしれない。

だが、誰がこんな所に好き好んで越して来るものか。
怪人発生件数が年々上昇傾向になっているZ市をわざわざ選んで引越してくる一般人はいない。いつどこで怪人に襲われるかが分からない恐怖が纏わりついてくるからだ。

勿論ナマエはただの一般人だ。
先日、怪人の襲撃によって死の恐怖を味わった身としてはその提案を断るものだろうとサイタマは思っていた。





「ジェノス。 それは良い提案だけど、ここに引越してくる為の資金がないんだって」
「そこはいいのかよ」
「? サイタマさん何か言いました?」
「いやべつに」


「当分は、ナマエの生活面に関する資金提供は俺がやろう。このくらいで良いか」
「メモなんかどこから取り出して……っておい!!ゼロの桁数やばいだろバカ!!同い年のくせして何で収入の差がハンパねぇんだよ!」
「気にしないでくれ。ナマエの為になるならまだあと1つ足せる」
「足すな。……本当にいいんだな?」

きちんと真向かいに正座したナマエが、ジェノスの顔を伺い見る。
突拍子もない提案だが、やはり縋ってしまうほど今の状況が困窮しているのだろう。どこか表情に必死さが見えていた。
対するジェノスの方も穏やかな顔で、頷いただけだった。


「…早いトコ新しい職見つけて、絶対返す。金も、恩もな」
「ああ」
「……俺のこと信用してくれてんのか?」
「信じてる。…親友だからな」



ナマエが床に撃沈した。髪の間から見えている耳が、茹で上がった蛸のように真っ赤だった。
さっきまで新婚のようなやり取りを見せられていたのに、今度はとんだ青春群像劇を見せられてしまった。ナポリタンもとっくに冷えている。








と言うわけで、ナマエの引越しが決定した。場所は、サイタマの住む隣の部屋である。