突然俺の前に降りて来たジェノスは「排除する」そう宣言し、凡人の俺なんかの眼では追えないぐらいのスピードで目の前に迫っていた怪獣――ジェノスは海人族と言ったか――に強烈な左ストレートをお見舞いした。
全エネルギーを凝縮したジェノスの攻撃を受けた海人族はシェルターの壁を突き破り、市街地の方へと吹き飛んで行く。何棟ものビルが薙ぎ倒されて行く音がしている事から、かなりの距離を飛んで行ったらしい。
この分なら、あの海人族は、倒せたんだと思いたい。
さっきまで俺を支配していた"恐怖"と言うものが、すぅっと抜けて行くような感覚がした。
戦闘モードを解除したジェノスがフゥ、と溜息を吐き、背後を振り返る。勿論、そこに立っているのは俺だ。
ジェノスと目が合う。あ、そう言えば と俺は思った。
昨日の今日のことだ。気まずさ全開の、あんな別れをした後に、またこんな形でこいつと顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。けどジェノスは俺と、シェルター内にいた民間人たち大勢を救ったヒーローなんだから、そんなことをジェノスの方は気にしてはいないんだろうが……
「すまなかった、ナマエ」
「………何て?」
ピンチを救ったヒーローが最初に口にするべき台詞ではない。自慢こそすれ、謝罪などもっての他だろう。しかも何故そんなしょぼくれた顔をしているのか。わけがわからない。
死の淵から助け出してくれたヒーローのことを賞賛しようとしていた他の人たちも、ジェノスのやけに落ち込んだようなその様子に、変に静まり返っている状況だ。突き刺さる無数の視線は、間違いなく俺を射ている。「あいつはヒーローになにをしたんだ?」なんて言葉も聞こえた。そんなの、俺も知りたい。
「えー…と、あの、ジェノ……じゃなくてヒーロー、ジェノス。どうして謝るんだよ、お前は俺たちを助けてくれ、」
「昨日はあんなことを言ってすまなかった。言い訳になるが、聞いてくれ」
やばい。なんだこの展開は。
――期待するだろう、おい。
ジェノスがやけにきっちりした姿勢でいるものだから、俺も釣られて背筋が伸びる。何を言われるのかは分からないが、今のジェノスの様子を見ていると、昨日の出来事を払拭するようなことを言われるのではないかと俺の中の俺が期待をしている。
「実はあの時の俺は、脳内エラーを……」
目の前からジェノスがいなくなった。
ゴキャッ、と言う金属がへしゃげたような鈍い音がして、シェルターの内壁に勢いよく何かがぶつかった。
「え」
見れば、右腕を肩の付け根から失ったジェノスが、半ば壁にめり込むようにして倒れている。
『 キレたわ』
――恐怖が再び引き起こされる。
破壊され、外の様子が窺えるシェルターの壁に、海人族が立っていた。左頬が大きく陥没している。あれだけの力でジェノスに吹っ飛ばされながら、あの程度の傷だけしか負っていないのか、あの怪物は。
傷をつけられて大層ご立腹している様子の怪物は、更に力を放出しているようだった。
それはダイレクトにシェルター内の人間に伝わり、またしても「恐怖」によってそこかしこから悲鳴が上がる。
「――ナマエ!!!」
「!?」
頭部も破損し、一部パーツがむき出しとなったジェノスが壁から身を起こしつつ俺に向かって注意を投げかける。
「足が動くなら今すぐシェルターから逃げ出せ!他の者達もだ! 俺が勝てるとは限らない!!」
俺が奴の相手をしているうちに 行け!
「……バカ野郎…!」
ショートを起こしまくってるじゃないかお前。勝てるとは限らないって、じゃあもし勝てなかった場合、お前は一体どうなると言うんだ。
ジェノスの言葉を皮切りに、避難人たちは押し合いへし合いしながらシェルターの出入り口へと群がってゆく。それを追撃しようとした海人族に向かって、ジェノスも再び飛び掛って行く。あんな、状態なのに。ボロボロになってるくせに。どうしてだよ。 お前、そんなに勇猛果敢な奴だったっけ。 死に急ぐような、やつだっけ。
「し……」
「死んだら承知しねェぞジェノスー!!!」
――折角また会えたって言うのに!
『 うるさい 』