ドレークは、自分の肢体を緩やかに拘束している存在を甘受していた。ぼんやりとした思考の中にいたが、その腕の力や温かさだけは間違えようがない。ナマエのものだ。この腕も、身体も、「ドレーク」と呼びかけてくる声も。 経年とは、ドレークの内にある"想い"を劣化させるものではなかった。寧ろそれは、日増しにドレークの中で増大し、彼に対する"愛おしさ"と"申し訳なさ"が日に日にドレークを苛める。 ナマエは、ドレークの人生につき合わされているような存在だ。少なくともドレーク自身はそう考えている。 だからあまり、ドレーク自身を甘やかしてほしくなかった。 小さい頃のような頼もしい笑顔を浮かべないでほしかった。出来ることなら何でもしてやるからなんて言ってほしくなかった。海軍帽を失くして泣いていたあの頃と同視してほしくなかった。 君に頼りたくなってしまうのだ。 優しく名前を呼び、抱きしめて頭を撫でてくれる手に擦り寄りながら、ドレークはそう思う。 独りでも生きていけると思っている自己と、君にいてもらいたいと言う自己とが鬩ぎあって、偉そうな話だがドレークは疲れている。 自己を悩ませる根源に、癒されてしまうのも如何なものか… 「ドレーク」 ……仕方がないんだ。君が、そんなに優しい声音でわたしを呼ぶのだから ※ 「ドレークはいつまで経っても小さいな」 「……このおれを捕まえて、そんな言葉はないんじゃないか?」 言ってしまえば、ドレークはナマエよりも均整の取れた体つきをしている。筋肉も、体の厚みも、背丈こそまだ負けているがその他の部分だけを見てみるとドレークの方がよりがっちりとした身体なのだ。それなのにナマエは「いや、小さいって」俺の腕がこんなにも余ってるだろと言い、ドレークの背に回されている手を動かしながらからかってくる。 ナマエは手足が長いのだ。そのせいだ、とドレークが言えば「僻みか?」なんて思ってもないことを言って笑う。そんなワケがあるものか、何故おれがナマエを僻まなくてはいけないんだ。 「まぁ別にいいよな。俺の腕の中にジャストフィットだ」 ナマエは呑気に笑っている。ドレークの心内も知らないで、素でそんな事を言うのだから。 少し、反発したい気持ちが生まれた。平素なら若干の照れを含みつつもその言葉を嬉しいと思うドレークだが、今回ばかりはどうも素直に受け取ることが出来ない。あまりにもナマエが無条件でドレークを大切に扱うもので、それを他にはどう捉えるのかが気になった。 「……この姿のおれでも丁度いいのか?」 付けていたグローブのベルトを外したドレークは、一息の間に悪魔の実の能力を使い、身体を大きな恐竜の姿に変えた。質量の増した体躯に押されたナマエが、僅かに後ろに後退する。 どうだ、と言うように、眦の尖る金色の瞳でナマエを見下ろした。 この姿なら、ナマエはドレークを抱きしめられまい。短い人間の手では、大きな恐竜の背中に腕も回せない。つまりナマエは、"ドレーク"を抱きしめられなくなる。更に言えば、恐竜の体は硬い鱗で覆われている。衣服を身に着けていても、擦れて傷がつくだろう。ドレークの中で、達観のような意識が浮かび上がる。――これならいくらナマエと言えど なんて、優しさに縋るような甘えたの考え 自分はナマエにどう言う扱いをしてほしがっているんだ? ドレークはたまに自分自身と言うものがよく分からなくなる。一本筋の通った男であることは自負しているが、表向きにいるドレークとは違い、内面に潜んでいるドレークはそんなことを考える。ナマエがいるから頑張れる自分と、ナマエがいるから頑張れない自分とが今、対立しあっているような気がした。 「……… バッカ野郎だなドレークは!」 「……馬鹿とはなんだ」 ようやく喋ったと思ったら失礼なことを。しかしナマエは大きく口を開けて笑う。「馬鹿だから馬鹿と言ったんだ」空いていた距離を埋めたナマエが、ドレークの硬い腹の辺りを擦る。 「お前がその姿を取るときは、戦う時に他ならないだろう。何故そんな場合のお前を抱きしめている時間があるんだ。 その時、俺はお前の背中側に立ってお前の背後を護っている場合じゃないか」 「――、――」 ――そうだ なんて愚かな考えだったのだろう。 いつでもナマエが自分を甘やかしてくれるだなんて、勘違いも甚だしい。 ナマエはいつでも、自分と共に戦ってくれる"戦友"でもあるのだ。 ただドレークのことを甘やかし、優しく受け止めるようなところばかりがナマエではないのに、ドレークはそんなナマエのことしか考えていなかった。自分の方がより愚かだったのだ。ナマエの数ある一面のみ考え憂えて、そんな言葉をくれるナマエの一面を知らないかのごとく振舞っていた。 そんなドレークを指して、ナマエは「バカ野郎」と言ったのだろう。 そうだ 確かに自分は、バカ極まりないではないか。 「何を面倒なことを考えているのまでは知らんが、俺は俺の考えた通りにお前と接する気持ちでいるから、ドレークは余計なことを考えんで良いんだ」 「………」 「お前が嫌だと言うんなら、優しくするのも止めてやるがどうする?」 「…やめると言えば、その時はナマエの頭から噛み付いている」 「はは、そんなもの、怖くあるか」 それを武器にもして海軍や海賊と戦っていると言うのに「怖くない」とはよく言ってくれるものだ。「本当に、噛み付こうか?」牙の生え揃った大きな口の口角を上げながらドレークがそう言えば、「おお、やってみるか?」と言ってナマエは挑発する。やはりどうも、ナマエはドレークの扱いを"そう言う風に"扱っている。面白くない……、グルルと喉を鳴らせて、なら、とドレークはその言葉どおりにナマエに噛み付いてみることにした。牙を立てない甘噛み程度に止めると言うことも忘れずに。 ※ 「イ゛、ッデェエエエエエエエ!!?」 「――?」 バカ野郎!! 離れろドレーク! 騒がしいナマエの声が、自分の口の中から聞こえて来てドレークはそこでようやく今までのことが夢だったのだと認識した。自分はいつの間にか、と言うよりも夢と同じように恐竜形態を取っていて、隣にいた筈のナマエの顔を思い切り咥え込んでいる。外に出ているナマエの手がドレークの顔を叩き、放すよう呼びかけていたのでハッと我に返りドレークは能力を解いてナマエを解放した。ナマエの顔には、恐竜だったドレークがつけた涎が垂れていた。 「…寝惚けてたな、ドレーク」 「……」 ――怒るナマエとは裏腹に、ドレークは先ほどまでの夢の内容を思い返していた。 あれは夢だったが、同じ問いをドレークがしたとすれば、今ここにいるナマエもきっと夢の中にいたナマエと同じ言葉をかけてくれるのだ。 それが、ナマエと言う男なのだ。 「今、相手がおれで良かったと心の底から思ってるだろドレーク」 問いかけてきているその言葉の意味は、今はお互い相違し合うだろう。 だがドレークはその言葉を夢の延長線上のものだと思うことにし、万感の想いを込めて、きっと伝わらない言葉を相手に向けて呟いた。 「……ああ、その通りだ」 |