いったい何時間の間こうしていただろう。 月が沈み、星が消え、夜が終わった。橙の陽が水平線の彼方から姿を現し、マルコの部屋の船窓から暗い室内に明かりを灯している。 そして、眠るマルコの横顔にも。 酒に潰され眠ったマルコが目を覚ますまで待っている。 朝早くからやらなければならない船の見回り点検や、工具の補充補填管理など、やらなければならない仕事は沢山あったが、今日だけは、あと少しの時間だけは別の奴らに任せておくことにした。 昨夜、ナマエの胸に凭れかかりつつ意識を手放したマルコが言っていた。 「これは夢だ」と。バカ野郎とか、セクハラだとか、色々謂れの無い難癖を付けられたが一番ナマエの心にダメージを負わせたのがこの発言 "夢なんかじゃないんだぞ" それを 目を覚ましたマルコにまず伝えてやろうと思い、こうしてずっと寝顔を見て待っているわけだ。 そもそも ナマエがマルコの自室に入ったのは今日が初めてだった。 今まで立ち入る用事も、会いに行く理由もなかった。いつも遠くから見ているだけだったマルコの部屋に入り、浮かれそうな自分を自制する事の方が、マルコに凭れかかられるよりも動悸を早める。 「…………」 「…ん……」 「! ………、」 起きたのかと、思ったのに。 マルコは寝返りを打って、ナマエに背を向ける体勢でまた夢現の中に行ってしまった。 まったく、一番隊隊長ともあろう男が、酒に呑まれて泥酔とはどうしたもんか。 それに、マルコの酒癖が絡み酒だったとは。普段がストイックそうに見えて、その実熱烈な奴だったのだ。 昨日と今日の短い間で、自分はマルコのことをよく知らなかったのだと言うことを思い知る。 ただそれでも、持て余していた自身の感情に変化はないが。 「…………」 泥酔、と言う単語で思い出した。恐らくマルコは、起きた後はひどい二日酔いに見舞われる可能性がある。 目覚めてすぐに飲めるように、水を汲んで来ておいてやろう。 座っていた椅子から立ち上がり、マルコの部屋の扉を開く。ちょうど隣の船室から、サッチが欠伸をしながら出て来ていた。 「お、ナマエ? あれ?お前マルコの部屋でナニしてたんだよ」 「………介抱していた」 「マルコを? あー確かにアイツ、『ナマエと飲む』とか言って大量の酒瓶持ってったっけ」 昨日のマルコの行動を知っていたサッチは早く事態を理解した。良かった、おかげで説明の為に口を開かずに済んだ。 問われる前から先手を打って「おれは今から厨房で昼の仕込みすんだぜ」と自分のことをナマエに伝えた。 朝の内から昼食の用意をするとは大変だな。目顔で伝え、自分もちょうど厨房に用事があったからとサッチに同行する。 「水?」 「……マルコ用だ」 「おぉなるほど。 じゃあチンタラしてねぇでサッさと戻ってやれよ!」 もちろん端からそのつもりだった。 黙ったままのナマエとの会話は、サッチもやり難いだろう。自覚はあるが、それで自ら話題を出すのも苦手で、上手く出来ない。 ふと、ナマエは思った。こんな自分なんかのどこをマルコは気に入ってくれたのか。 ナマエの胸中に生まれた疑問なんて知る由もないだろうに、妙に空気の読めるサッチはちょうどその事に触れる話題を出す。 「マルコってマジで手のかかるオッサンだろ? ナマエも物好きだよな」 「………俺が、と言うよりも…」 「あっちの方がってか? ヘヘッそりゃ言えてんぜ。 って、本人目の前にしてンなこと言うのも失礼か!」 「……気にするな」 どちらがより物好きかは、第三者の判断に委ねることにしよう。ナマエには到底出せない結論だった。 厨房に到着し、コップ一杯の水を分けてもらった。 「マルコと仲良くやれよ!」 どこまで本気で、全部冗談なのかは分かりかねたが、 それでもナマエは曖昧に頷くこともなく 「ああ」 サッチがついていた頬杖をガクッと取りこぼしてしまったぐらい、ナマエらしい表情でキッパリと答えた。 もうすぐ、マルコの眼が覚める頃だ。 |